FM COCOLO J-POP LEGEND FORUM 

桑田佳祐「がらくた」特集 Part 4(2017.09.25  OA)

DJ 田家秀樹
ゲスト 渋谷陽一

 

 

桑田さんは普通であるっていう事を常に意識している。

それはポーズでも何でもなく彼は本当にそう思ってると思うんですよ。

だからすごく特種な事を感じたり特種な事を歌ったりって云う、

ある意味アーティストであったりエキセントリックな人であったりというところには居ない・・・

と、常に彼自身は自分の事をそう思っている・・・

側から見たら全く間違いで彼は非常にエキセントリックだし

・・・

 

 

田)今週のゲストは音楽評論家、編集者、DJ、株式会社ロッキング・オン代表取締役、音楽ファン憧れのカリスマ経営者、渋谷陽一さんであります。

1951年ロックの日の生まれ、桑田さんの学年で4つ年齢で5つ先輩であります。

ロッキング・オンが制作している日本最大の夏フェス「ROCK IN JAPAN」に、今年の夏、桑田さんが15年ぶりに出演された時には「デビュー当時からお世話になったと言いつつ、惜しい人を亡くしました」とカマしておりました。

アルバム「がらくた」をより楽しもうという1ヶ月締めくくりに登場していただきました。

 

渋)どうもこんばんは、伝説の音楽評論家、渋谷陽一でございます。

 

田)伝説になってしまいましたか(笑)

渋)伝説の音楽評論家じゃないですか田家さんも(笑)

伝説同士で歴史上で惜しい人を亡くしましたと言われながら亡霊のように活動を続けましょうお互いに・・・

音楽評論家なんて言葉はだいたい無くなってきてるじゃない・・・

お互い大丈夫ですかねこの仕事(笑)

 

田)僕音楽評論家ってあんまり自分で言わないですから(笑)

渋)言わなきゃあ・・・

 

渋)大貫憲章や伊藤政則とよく話をするんだけど「みんな音楽評論家っていわなくなったよねぇ」って、田家さん言うのはずかしい?

田)そんな事ないですけど・・・

渋)いわなくちゃあ・・・

田)言いましょうか、じゃ音楽評論家田家秀樹です(笑)

渋)僕も音楽評論家の渋谷陽一ですって言わないと(笑)

 

 

田)今年の夏ですね15年ぶりに桑田さんが「ROCK IN JAPAN FES」に出演されたわけで、ご覧になって感想はいかがでしたか?

 

渋)すごいですよね、やっぱ桑田さんて

 

田)降臨とブログに書かれてましたけど

渋)そうですね、15年ぶりなんだけどサザンオールスターズでは、もうちょっと後に出ているんで桑田君自身はそんな15年とか空いてないんですけどね・・・

でもソロとしては15年ぶりで出て・・・

なんて云うのかな・・・とにかく現役でいる! 最前線でいる!

例えば同世代のミュージシャンがほとんど居ない現場ですけどね「ROCK IN JAPAN」って、でもそこでちゃんと対バン張るって云うか、ガンガン行くと云うか・・・

そのへんの覚悟と・・・それから豪ですよね・・・

そこが凄いですよね桑田佳祐って人は。

 

田)それで桑田さんが、「出て下さい」じゃなくって「出ろよ」って言われたって(笑)

それで出る事になったら短くしろと言われたと・・・

確かに2002年は14曲で今回は11曲だって思いましたが・・・

渋)むかし桑田さんが出ていた時には、ウチのフェスの持ち時間がだいたい90分だったんですよ。

その後アーティストがどんどん増えて60分になって、その60分、桑田佳祐といえどもその枠の中で演ってもらわなきゃ困るって言ったら彼は、昔の90分パターンが頭の中にすり込まれていて、それでセットリストを作ってきて、僕が90分じゃなくて60分だって言ったら「な~んだよ、な~んだよ 短くしろとか言って」とかブツクサ・・・言っていましたけど(笑)

 

でもちゃんと60分の中にドラマを作ってきてくれて、素晴らしい演奏をしてくれて、すごく良かったですよね。

自分でいろんな所・・・ セットリスト間違えたって・・・

空気を読み間違えたって、いろんなところで発言しておりましたけど、話したらロックフェスだから彼としてはもっとディープでヘビーな空気感を想定していたわけですよ。

 

で15年前の「ROCK IN JAPAN」は、そう云う場所だったのかもしれないですけど、今のロックフェスっていうのは、もっと寛容でハッピーで、とにかくみんな楽しみに来る、で色々なアーティストが出ているそう云う状況だったんで彼が想定した空気感とはちょっと違った。

それでなんか失敗したって言っていたけど(笑)

 

まあ、それを心に留めるのでなく、すぐに口に出してしまうのも凄いし・・・

本当に失敗していたらそう云う事ペラペラ喋らないし・・・

でも、それなりに自分が遣りきれた事があると云う自信があるから。

 

やっぱ世代によってロックフェスのイメージって違ってきてまして、一番面白かったのが坂本龍一さんが久しぶりにウチのフェスに出て、その時にステージから降りてきて「おー渋谷、喧嘩はどこでやってるんだ、喧嘩」って

田)あははは・・・(爆)

 

渋)「坂本~、喧嘩なんかやってないよ~」 坂)「フェスは喧嘩だろー! おい」

田)70年代じゃないんだから・・・

渋)「何言ってんだよ~」って  坂)「喧嘩とかなくって全然平和だなぁ」

渋)「たのむよぉ」って・・・

 

 

 

田)さて、今日は話がどこまで広がってゆくのでしょうか
 

田)渋谷さんは洋楽・邦楽・若いバンドまで色々ご覧になってますが、「過ぎ去りし日々(ゴーイング・ダウン)」の歌詞の中に「ONE OK ROCK」の事が出てるでしょ・・・
ワンオクにジェラシーを感じている桑田さん・・・

 

渋)同じことを・・・ ミスチルの桜井さんが・・・

ワンオクと一緒に大学のライブでやった時に「僕はワンオクの背中をいつも追っております」って、桜井さんにしても桑田さんにしてもそう云う事が言えるってのが凄いですよね。

 

とにかく最前線で戦って行く、そこの中で自分は勝負して行くんだって思い。

だからこそフェスにも出るんだし、そこで若いバンドと一緒のステージ・・・

 

ひょっとすると桑田佳祐っていうのは、まさにこの番組のではないですけど伝説のミュージシャンとして知っているだけで、本当に音源をしっかり聞いていたり、あるいはライブを見たりって人は要らないかもしれない。例えば今年のロッキンジャパンは一番最後にエクスプレッシブとして桑田さんの出演が発表されたんですが、ほとんどその段階ではチケット売り切れてたんですね。

言ってみれば桑田佳祐目当てでチケットを買った人は、ほとんど居ないワケです。

 

だから究極のアウェー状態。

でも当たり前ですけど、そういう状態でもフィールドは人でいっぱいなわけですから。

 

で・・・その人に向かって新曲で勝負するという・・・

自分としては間違いだったって言ってたけど(笑)

間違いかもしれないけど新曲で勝負するって、そういう姿勢がすごいですよ!

やっぱりそこで吸うことの出来る空気、つまりワンオクロックが吸っている空気を自分もちゃんと吸いたい・・・

 

もっと突っ込んっでいえば「吸わなければいけない!」

じゃないとPOPアーティストとして現役感を持てないという、その辺の発想というか・・・

 

で、実際にそれをやってしまう・・・ 体力と云うか・・・

田家さんもフェスに来なけりゃ~

 

田)ははは・・・ 30年前のBeat Childには居ました(笑)

渋)Beat Childよりは、どんなフェスも過酷じゃないですよ(笑)

あれを経験すればどんなフェスも怖くない!

 

 

[ 若い広場 ]を聴いて

 

田)渋谷さんにアルバムの中で触れたい曲を選んでもらいました。
まずはアルバムの2曲目「若い広場」。 これを選ばれたのは?

 

渋)まぁ、ひとつの代表曲というか、リードシングルナンバーでもあるんですけど、桑田佳祐の魅力が非常に凝縮されている・・・ まぁ、どの曲もそうなんですが逸曲だと思います。

 

この曲の中で流れているちょっとレトロ感というか昭和感というのがいかにも桑田佳祐らしいなって気がします、ビデオクリップなんかもそんなレトロスペリクルな空気というものを徹底して追求されていて、まぁその辺に桑田さんが自分自身のアイデンティティを感じているっていうのが面白いいですね。

で、「若い広場」ってタイトルもすごく面白いんですけど・・・

あの・・・ 間違えたんですよね! 桑田さん・・・

 

 

若い広場って昔、NHK教育テレビでやっていて、彼は「若者たち」をやりたかったんです。

 

田)若者たち・・・ザ・ブロードサイド・フォーの

渋)むかし「若者たち」ってテレビがあった訳ですよ、青春ドラマだったんです。本当はああいう空気を出したかったんだけど。

 

田)僕はザ・ピーナッツの若い季節かと思いました・・・

 

渋)直せばいいじゃんって思いますが、直さないところが凄いですよね桑田佳祐。

でも、「若者たち」って言ってもちょっとピンとこないけど、言葉として持つ「若い広場」ってものの響き、それは面白いですよね、だって今時言わないじゃないですか。「若い広場」って(笑)

田)ロッキンジャパンに集まる若者には「若い広場」って言葉はピンと来ないかもしれないですね(笑)

渋)でも、ピンと来ないところを狙ってますよね、明らかに意図的に。

 

 

 

田)渋谷さんと桑田さんは学年で四つ年齢で五つ違いますよね。

渋谷さんが桑田さんを最初に意識したのはどの辺なんですか。

 

 

渋)あの~  往年の伝説的なディレクター、ビクターレコードの高垣さんってサザンオールスターズの初代ディレクターで、ずーっとそのあと桑田君と共に音楽活動を続けてきたディレクターで、当時はめちゃくちゃ若かったんですけど、僕のところにやって来て「すっごい新人を発見したんだよ」って「これが、すっごいんだよ!」って。

それで、そのとき聴いた「勝手にシンドバッド」の衝撃は凄かったですね!!

 

「すごいね垣ちゃん金庫掘り当てたね」って・・・

 

これはもの凄いことになるねって・・・

 

田)その時の掘り当てたねってある種の根拠というほど具体的なものじゃなくても、なんか凄いものがあったんですか?

 

渋)もう単純にメロディーメーカーとしての才能それから一種独特の・・・

明らかに洋楽の匂いがしたんですけど、それをひじょうに歌謡曲にちゃんと着地させている身体能力というか反射神経というか、それは彼自身の天性のものだと思うのですが、

やっぱり当時・・・今でこそ桑田佳祐・サザンオールスターズ影響下にある、なんちゃって桑田佳祐なんちゃってサザンオールスターズって沢山いるし、あるいは彼が作り上げたJ-POP文脈の中において圧倒的な優れたミュージシャンさん達って沢山いて日本の中で歌謡曲ではない、でも洋楽でもない独特の文化を築いた訳ですけど、当時は無かった訳ですよ。

まさにオリジネーターとしての革命的な音がそこで鳴ってた・・・ それはもう凄かったですよね!

なんか・・・ ついに来たか!! って、日本のPOP ミュージックシーンにおいてもこう云うものが鳴るんだって、こう云う時代になったんだって・・・

RCのライブを観た時にも腰抜かしましたけどね・・・

だから・・・ そう云う事が起きた驚きがありましたよね。

 

 

田)さっき歌謡曲ってのが出ましたけど、渋谷さんの生まれの1951年と桑田さんの1956年て、やっぱり昭和の時代の希望の感じ方とか・・・ 歌謡曲の影響の受け方なんかもちょっと世代的な差もあったりするのかなって思ったりもしたんですが・・・

 

渋)それはちょっと解んないんですが、僕の中の桑田佳祐っていう人は、すっごい年下ってイメージがあって(笑)
なんだ学年で四つしか違わないんだって、今初めて気づいて・・・

彼がいくつであるって事は十分知っていた事で当たり前の知識としてあったんですけど、イメージ的には10歳くらい世代が下ってくらいのイメージがあるんですよ。

それで実年齢がそれしか違わないっていうのが驚きだったんですけども・・・

 

田)それは何だったんでしょうね・・・

 

渋)それを今聞いて思ったんですけど、やっぱり今、田家さんがおっしゃったように大衆音楽の中における位置というか、あるいは社会の中における位置・・・ 世代というのが高度成長時代において1年2年というのが大きかったのかなと・・・ そんな気がしますよね。

 

1951年生まれのミュージシャンって清志郎からなにからやたら多いんですけど、そこにちょうど小学校6年の時にビートルズのデビューを体験したっていうのが決定的な事だと思ってるんですけど、だってこの世代にやたらロックミュージシャンが多いっていうのは・・・

 

まぁ、そこから5年経ってビートルズがひと回りしてまた何か変わったのかなって感じもしなくはないですけどね・・・

 

田)そういうのが当たり前になってるというか・・・

 

渋)当たり前でもないんでしょうけど、なんかファーストインパクトではないセカンドインパクトになってきているか・・・  僕たち世代の物で無くもうちょっと自然な空気の中にそういうものが存在していたのかもしれない。

まぁよくいう事ですが、我々はほんとビートルズ世代で中学2か3年の時にビートルズが来日した訳ですけど・・・ まさにビートルズ世代ど真ん中ですけど、というとなんか世間はクラスの女の子たちがビートルズに熱中したかのように思いますけどクラスでビートルズを聴いていた人は誰もいませんでしたね!

 

田)RCのチャボさんもよく言ってますもんね・・・

 

渋)クラスでビートルズファンは僕一人でしたから、だからほんとに・・・ そんなものですよ。

 

田)桑田さんは、お姉さんがいましたからね。

 

渋)だから、そういう人たちと比べれば、まだ桑田佳祐世代はちょっと・・・

僕は佐野元春君と一緒の世代観を感じますけど・・・

 

もうちょっとっかわってきているんだなぁって気がひじょうにしますね・・・

 

 

 

[ 簪(かんざし)]を聴いて

 

田)流れているのはアルバムの4曲目、簪(かんざし)

渋谷さんが選ばれた2曲目がこれなんですが・・・

 

この曲と杜鵑草が対になっていると・・・

 

渋)まぁひじょうに和風テイストな楽曲でバラードで・・・

と云うよりも桑田佳祐の天才性、メロディーメーカーとしての天才性がひじょうに明確に出ていて、これはキーボードとある意味アンプラグド状態で唄われていているんですけど、そうなると彼自身の言葉の力、メロディーの力っていうのがものすごくリアルに聴き手に伝わってくる訳ですよね・・・ここのサブなんかホントにもう・・・ 「恐れ入りました」って感じで・・・

 

彼にすれば一種適正で作っているような所もあるのかも知れないですけど、言っちゃ悪いですけどある意味、力んで作る曲よりも、ちょっとキーボーディストとスタジオに入って鼻歌的に歌った、そういう風に作った曲にむしろ桑田佳祐の凄さという様なものが表筆されるその代表曲が簪であり杜鵑草であるという気がします。

だから本当に桑田佳祐って人が持つメロディーメーカーとしての腕力この物凄さとんでもないですよね!

 

田)あの・・・簪ってこの文字を見た時に何て読むんだろうって・・・

僕もそう思ったんですけど、言葉の感覚・・・

 

1曲目の「過ぎ去りし日々(ゴーイング・ダウン)」は、謂わば日本語英語、彼が得意中の得意の独壇場的なあのスピード感、で・・・この簪と杜鵑草はそうでは無く本当に綺麗な日本語にいってるって云うのは、なんか新しいところに到達したなって曲だという印象がありました。

 

渋)独特ですよね、桑田君の原稿感覚って・・・ もはや©️(Copyright・著作権マーク)が付いている訳ではないですが桑田佳祐しか歌詞に使わない言葉、例えば「ふらちな」なんて言葉やたら使いますけど、桑田佳祐以外に、もう「ふらち」なんて言葉は歌詞で歌えないですよね・・・ 恥ずかしくて(笑)

もう何なんだって事になっちゃっている・・・

 

だから、そういう言葉を持っているって云うのは凄いし、本来POPミュージックの歌詞に登場する様な単語では無いものを見事に歌ってみせる、そう云う感覚凄いですよね!!

 

 

 

この前インタビューでも言ったんですけど、今回のアルバムにはブックレットが付いているじゃないですか、ここで桑田君自身が色々な原稿書いているんですけど。

「ホント困りますよね(笑)我々同業者は」

 

田)困りますよ(笑)

 

渋)こんなうまい原稿書かれて・・・

田)文章家としても天才的な・・・

渋)もう、やんなって・・・ 

「やめろ」って言ったんですけどね(笑) 業務妨害だって(笑)

だけど本人は何の苦痛もなく、やっぱりなんか文字で書きたいからって・・・

もぅ・・・巧さが半端ないですよね。

 

田)ほんとに肝心な事がそのまんま話になっているって感じですよね。

渋)書かれている事も凄いし、文章テクニック的にも凄いですし、自分はなぜアーティストって言葉にすごく抵抗感を感じているかって・・・ 彼自身のアーティストとして、ミュージシャンとしての本来的な在り方みたいな事もすごく的確に自身の言葉で書いていますよね。

 

俺はもぅ・・・ 我々の仕事な訳で「なぜ桑田佳祐がアーティストではないのか」みたいなこと書きたいのに、本人が書いてて、それを「そうですよね」ってそれを追従するしかないって云う・・・

営業妨害です(笑)

 

田)簪のところでバラードについて書いていて、あっ、そうだったんだと思ったのが「いとしのエリーなんて切羽詰まってお葬式の様なつもりで歌っていた」ってのがあって、よく僕らは桑田さんの中の緩急みたいな事をいう・・・ 意図的にそういう緩と急を使い分けているじゃないかって・・・

でも、そんなもんじゃないんだってブックレットの中にいとしのエリーのことが出てたんですよね。

 

渋)だから、いとしのエリーでもシンドバッドでも、ものすごく大ヒットして、そして次もアッパーな曲で・・・ まぁなんか変えなくちゃって云うところでバラードを要求されたんじゃないかなって気がするんですけど、そこで彼としては色々考えて切羽詰まって・・・

切羽詰まってエリーが出来るんだったら、ずっと切羽詰まってて欲しいですけど(笑)

 

もぅ、ホントすごいですよね・・・

 

だから彼の中においては、すごく大変な曲だったのかもしれないですけど、結果できた曲は、我々には全く切羽詰まった状態と逆で、すごく幸せで開放的な気分にさせてくれる・・・

やっぱりアーティストの苦しみを我々は喜びとして感じることが出来るって云う。

 

田)切羽詰まらなくてもこう云う曲が書けるという例でしょう。

 

 

それでは簪(かんざし)と対だと渋谷さんがおっしゃていた 

[ 杜鵑草(ほととぎす) ]

 

 

渋)私の前の三週どんなゲストの方がお話になったのかチラッとお聞きしたら、茅ヶ崎物語の宮治さんが・・・ あれはひじょうに素晴らしいドキュメンタリーで、ほんとに良い映画だったと僕は思いますけど、その中で中沢新一さんが日本における芸能の在り方みたいなものを文化人例的に語ってらして・・・ 大きいテーマとして桑田佳祐と同時に日本の芸能とは何であるのか・・・そういう話で桑田佳祐は芸能の本質を非常に理解していると、それは何であるのか「究極のサービス業である」それを理解していると非常に的確な事を中沢さんがおっしゃていて、ホントに桑田さんは究極のサービス業であるっていう事を理解していて、だからこそサービス業・・・ アーティストとは言わない訳で・・・自分をアーティストと言うことは究極のサービス業というPOPミュージシャンの本来的な在り方となにかしら、ちょっと齟齬(そご)を感じる。

 

それで桑田さんは「なんでアーティストって言うんだろう」と思われたとおもうんですけれども。

そのすごく正しい整理感覚というか素晴らしいと思うし、常に究極のサービス業で在ろうとしている彼だからこそ、これだけ素晴らしい作品を作り続けらえれるんじゃないかなぁと・・・

 

ある意味ポール・マッカートニー。

桑田さんも僕の人生も変えちゃった凄い人がいますけどポール・マッカートニーって人もそれを本質的に解っていたんじゃないかなぁと云った感じがしますよね。

 

田)小林克也さんは文豪という言葉も使ってましたが、この杜鵑草はそんな一曲だなと改めて思いました。

 

[ ヨシ子さん ]を聴いて

 

流れているのは渋谷さんが選んだ4曲目、アルバムの12曲目のヨシ子さん

 

渋)僕はこれにPOPミュージックの前衛性というか暴力性というかを感じて、大衆的であるサービス業に徹すると云う桑田佳祐の在り様、と同時にPOPミュージックていうのはすごく・・・

そう云うものとは矛盾するかもしれませんが前衛性も在り実験性もあり・・・

それは誰もが例に出す・・・ ビートルズがどれだけ前衛的だったか実験的だったかと言えば明白な訳ですけど、そう云う事においても桑田佳祐は常に挑戦をし続けるアーテイストで、このヨシ子さんて変ですよね!

 

田)変です(笑)

 

 

渋)そして、どうしてもヨシ子さんを現実に出そうとしている桑田さんは必用になんかヤル訳ですよ(笑)

あのこだわりは周りから見て「なんで」っていう位なんですけど、どうしても彼は出したいんだと思うの、それが凄くヘンテコリンなものな訳ですよ、そして彼の中においてこのヨシ子さんって云うのは・・・このコーラスやなんかも結滞なものな訳ですど、なんかこの匂いがどうしても彼の中においては必要なんですね。

それは時代性という事でもあるし・・・ ものすごく大衆的ではあるけれど何か変なところがある・・・ 変なところがあって日常の異化作業といった機能を持っている・・・ そこがまた素晴らしいんですね。

だから、そういうPOPミュージックの前衛性、実験性みたいなものに対しても貪欲である桑田佳祐。で音楽だけではなくてイメージトータルで何かヤリたがるという・・・

ときどき暴走しますからね桑田佳祐は(笑) そこがイイですよ!

 

田)特にライブでではね(笑)

 

渋)周りは困っちゃいますよね・・・

 

田)ロックインジャパンもこの曲やりましたよね、若いお客さんが一緒に踊ったりしてました?

渋)演りました。みんな面白がっていましたね。

ある意味若いファンにとっては・・・ 時代の空気感というのがあるならば、この曲が一番近いかもしれないですね逆に。

 

田)そして、桑田さんの中の反骨心といいましょうか・・・ 新しいものであるとか流行であるとか、みんながイイって言っているものだとか簡単に世の中が認知しちゃったものに対しての反骨心みたいなものもこの曲の中には結構あるのではないかと思うのですが。

EDMとかR&Bとかっていうように・・・ まぁ言葉だけが一人歩きしているかの様な、ある種の流行に対しての・・・

 

渋)なんて云うのかな・・・ すっごく流行に敏感だと思いますよ。

流行好きだとおもう! 

というか基本的には、そう云うものに対しては貪欲だと僕は思いますね。

そうでなければ常にPOPミュージックの先端にはいられない訳で、行ってますけれど、すごく時代の空気には対しては常に敏感であろうと桑田佳祐はしていると思います。

 

田)フェスなんかでも他の若いバンドや若いアーティストなんかもちゃんと見ている訳ですね。

 

渋)そうですね。

見てるし・・・ これが適当な表現か解りませんが気にしてますよね。そこがイイと思うんです。

「知るか・・・ 俺は桑田佳祐なんだから、どんな野郎と演っても自分自身の音楽やってりゃいいんだ」じゃなくって、「若いバンドは何やってんの・・・ 今の流行りの音楽って何なの?みんなが聴いてるものってなんなの?」って・・・ そういうチェックや気にしているっていう姿勢がやっぱり桑田佳祐にはありますね。すばらしいと思います。

 

田)渋谷節が次々と出てくるそんな時間です(笑)

 

 

再度 [ ヨシ子さん ] を流して

 

田)アルバムのブックレットで桑田さんが「人生でいちばん記憶に残るレコーディング・セッションとなったのは間違いない。」と書いていますね・・・

この曲のパーカッションの成田昭彦さんとキーボードの片山敦夫さんが如何に凄かったか。ブックレットのこの文章を読みながらこの曲を聴くと、また違った情景が視えて来るのではのではないいでしょうか。

 

 

[ あなたの夢を見ています ] を聴いて

 

田)流れているのはアルバムの14曲目「あなたの夢を見ています」渋谷さんが選ばれた5曲目がこれでした。そしてこの曲とアルバムの最後の15曲目「春まだ遠く」が対であるとおっしゃてるので、その解釈といいますか・・・

 

渋)このアルバムは正にアルバムだったって気がするんですね。

いまや一曲一曲が配信でも何でもいいですけど消費されている世の中で、それはそれで素晴らしいと思うし・・・ 要するにYouTubeでミュージックビデオを見て、それでその一曲のインパクトでそのアーティストを好きになったりっていうのはPOPミュージックの消費の仕方として・・・

 

それこそ40年代50年代60年代の黄金時代も、まさににそれだった訳で、それはそれで復活させるってのも素晴らしいんですがそれと同時に70年代のアルバム文化ってのがあって、それを田家さんも僕もどっぷり浸かった世代ですけど、それはそれの良さが有る。そのアルバム感って云うのがこの14曲目15曲目まさにアルバムがクロージングして行く物語の大団円として存在している感じがするんです。だから一曲一曲のPOPミュージックが消費されてゆく世の中の最前線にいるケントリック・ラマーでもいいフランク・オーシャンでもいいし、まあビヨンセでもいいですけど彼らは物凄く物語性のあるアルバムを作っている訳ですよね同時に・・・

 

そうした意味でもアルバムにすごく拘っている桑田佳祐の在り方っていうのが、まさに今のPOPミュージックの世界的な基準とリンクしている、そういう感じがしますね。

 

そしてこの曲はいい曲ですよね。

 

田)この2曲の中にある桑田さんのヒューマニティーっていうんでしょうか・・・

温ったかさ・・・ とってもウエットな温ったかさが、これはなかなか若い時には・・・ もちろん有るんでしょうけど・・・ なかなか素直に出てこなかったテーマでもあるんだろうなって聞いてましたけど・・・

 

渋)この肯定感がいいですね・・・

 

21世紀の希望の轍というか・・・ ある意味EDM感もありますけどね・・・

これが最後にやって来る事の開放感・・・

このアルバムを聴いていて、その物語性非常にすばらしい。

まあ、意図的にやったって桑田さんインタビューで言ってましたけど・・・

 

田)「春まだ遠く」が入った事によってフィナーレが全く変わったという感じがありますもんね・・・

 

まあ「あなたの夢を見ています」でって終わり方もあったんでしょうけど、このあたりエンディングテーマのように・・・ クロージングテーマのように「春まだ遠く」が入っている。

しかも、この一曲の中に春夏秋冬の季節が歌われているというのが、これがなかなかある種の大人というのでしょうか・・・

季節感ていうのは若い頃はなかなか感じないですよね・・・

 

渋)これはすごく重い事なので慎重に言葉を選んで言わなければいけないと思うのですけど・・・

桑田さんはもう一枚一枚が最後のアルバムだと思って作っていと僕は思うんです。

だからその覚悟と潔さみたいなものが、どの作品にも、どのライブにも感じられて、それは聴く者、見る者の心を動かしますよね。

このアルバムの物語観て云うのも、そういうものに通じるなって感じがひじょうにします。

 

 

田)ではこのアルバムの最後の曲、この曲で終わったっ事、この曲が最後に入っている事の意味みたいなものを感じながらお聴き頂けると嬉しいなと思います。

渋谷さんが選ばれた6曲目

 

[ 春まだ遠く ]

 

エンディング [ 静かな伝説(レジェンド)竹内まりや ] を聴きながら

 

 

田)渋谷さんはブルーノートスケールって本もお出しになられてますけど、あれから30年経つ訳で、あの頃の桑田さんと・・・とくに今年フェスなんかでご覧になったりアルバムを聴いてお感じになった桑田さんて渋谷さんの中では変わってきてるものがありますか?

 

渋)変わらないですよね!

 

これは色んなところで書いたりしている事なんですが、桑田さんが盛んに言ったのが「僕は普通ですから・・・普通ですから」って普通だからって事を必用に言い続けて、桑田佳祐が普通ならば普通じゃないってどういう事なのか(笑)って突っ込みたくなったんですけど。

桑田さんは普通であるっていう事を常に意識している、それはポーズでも何でもなく彼は本当にそう思ってると思うんですよ。だからすごく特種な事を感じたり特種な事を歌ったりって云うある意味アーティストであったりエキセントリックな人であったりというところには居ない・・・

と、常に彼自身は自分の事をそう思っている・・・

側から見たら全く間違いで彼は非常にエキセントリックだし非常にユニークだし、全く普通では無い・・・

でも彼の立ち位置、常に普通で在ろうとしているその姿勢それは倫理的や道徳的にそう思っているんではなくて、そう想ってるから思うだっていう彼の豪ですよね。

つまりPOPミュージシャンであろう、特殊な人ではなくてPOPミュージシャン、サービス業の実行者で在ろうとしている自分、それは普通で出なければ普通の人の事は解らない訳で、その理屈抜きの中で自分の作品活動や演奏活動をやっていくんだ、それこそ30年の間・・・ 前に桑田佳祐に言った事があるんですけど「桑田君、君は落ち目を体験していない、ものすごく珍しい人で・・・ それは良いんだか悪いんだか・・・ 普通どんなビッグなアーティストだって必ず落ち目を体験しているんだよ」って言ったら、すごく怒ってですね「何言ってんだ、渋谷さんは知らないだろうけど、俺なんかねぇ、デビューして何年め地方の何とかコンサートに行って空席が10とか20とかあるのを経験してるんだ」って・・・

なにを言ってんだね君って・・・それは落ち目だって何でも無い、「それを言ってる事自体、君はおかしいよ」って言ったんだけど、彼としてみれば普通であろうという・・・ 普通であるんだって想いが何十年にわたって変わらない・・・

で今になってもそう想い続けている・・・  桑田佳祐って凄いですよね!

 

田)それが失われていないから今回のアルバムが出来たって事もあるんでしょうね。

 

渋)そうだと思いますよ。

 

田)この先の桑田さんに思うことってどういうことですか?

 

渋)ずっと作品活動をやってもらえたら嬉しいなって思います。

桑田佳祐ってアーティストと僕らは何十年にも渡って時代を共有してきた事が幸福だと思いますねぇ。