彼 | 日本人・東研作

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それが、一体どういう事情でそんな風になったかってのはハッキリと覚えてない。
なんせ小学校6年生の頃の出来事、なんせ1980年代の出来事。
彼は、数人のクラスメイトに謝罪するように担任の教師から、帰りのホームルームの時間に言われていた。彼は何かにつけて、やり玉に挙げられるような存在だった。
彼は必死に事の経緯を説明していたけど、最終的には多勢に無勢、挙句に担任の教師という絶対的な存在の前に、最後は泣きながら謝罪した。
おそらく彼の涙は悔し涙だったと思う。ようやく帰ることが出来たとき、さっきから、塾があるから早く終わらないかって僕にぼやいていた隣の席のクラスメイトは、我先にって感じで教室を飛び出し、1番仲がよく、その後9年前のAC/DCのLIVEまで付き合いのあった友人は、無関心な感じで帰り支度を整えていた。

謝罪した彼は席に座り、涙を拭きながら何かを堪えている感じで、その横を平然と謝罪を求めた連中が通り過ぎ、担任は何かムッとした顔で書類か何かを整理してた。
僕は子供心に、どうにも腑に落ちない感じで教室を後にした。

彼とはその後中学も同じだったが面識が無かった。
一学年14クラスあったから、中々難しいモンがあったけど、受験した高校が同じで、願書を一緒に出しに行ったりなんかした。
試験が終わり、同じ方向だったから一緒に彼と帰った。
途中、公園で一服しながら二人で久しぶりに話をした。
何の話をしたかは覚えてない。ただ彼が小学校6年生の担任の教師は最悪だったって言った事は覚えている。
その話の最中に、彼は吸っていたタバコを叩きつける様に地面に捨てた。

その後僕はその高校に入学し、自転車で通学していた時、信号待ちで止まっていたら、その横に彼は自転車を止めて僕に挨拶をしてきた。
彼は私服で、高校は落ちてしまったので、中華料理屋で働きながら夜間の高校に行ってるって話をしてくれた。
僕は彼が落ちたって事は知ってたけど、黙ってその話を聞いていた。

今日病院の帰り、あまりにも天気が良かったので散歩してた。
今年は花見に行けなかったなぁ、なんて思いながら、きれいに咲く桜の花を眺めていた。
チンタラ歩きながら近くの葬儀屋の横を通ったとき、彼と同姓同名の名前が書かれていた。
勿論彼という確証は無い。同姓同名でも別人ってヤツなのかもしれない。
ただ、なんとなく、彼のことを思い出し、複雑な気分になった。