そんでもって今年も開催されました、現代ニッポンの国民的行事~初夏の風物詩。先の傷害事件を受けて会場の厳戒体制に加えて、野外スタジアムで記録的な豪雨の中での開催となり、現地へ赴かれた方は全くお疲れ様でございます。


わたしはCUBASEにかじりつきながらテレビ中継を横目で鑑賞しておりましたが、事件の直接的被害を被った川栄がステージに姿を現した時には少し涙が出そうになりました。色々と揶揄や批判も多いAKB現象ですが、矢面に立っているのはこんな可憐な少女たちなのだと改めて気付かされ…。

もっとも批判する人たちも厳密には秋元康さん以下、所謂運営する大人たちを対象にしているのだと思うけれど、その運営にしても単なる強欲な守銭奴の集まりなのだとしたら、AKB現象はこういう顕れ方をしてはいないとわたしは思う。もっともAKBに限らず強欲な守銭奴が儲けられるほど簡単な世の中であったことなど歴史上ただの一度もないと思いますが。


ビジネスはビジネスなわけだけれども、そこに客との信頼関係を築けているのだとしたらそれはどういうことなのか、批判と同時にそれを沈着な態度で検証しなければ正しく洞察は出来ないでしょう。

…なんていうことをAKB現象に支持向きにまわってからこっち、この総選挙イベント時期になる度に毎度考えるわたしであります。



今年はわたし個人としてはこじはるちゃんの動向が一番の関心事だったのですが、すこしユーモアを交えた残留宣言をほっと喜びつつも、一方その理由が明らかに事件を受けてのものであろう事がコメントの端々に顕れていて、その辺り素直に喜んで良いものか、ファンとしては少し切ない心持ちになってしまいました…おそらく現状のAKBグループにとって図らずももっとも“必要”な人になってしまったこじはるちゃんという人と人となりだと思うので、その辺りをご本人も使命と捉えられたのではないかな?、と。


こじはるちゃんご本人の言葉通り、皆が自然な笑顔で集えるようになったときに笑顔で卒業をしてほしい、というのはファン皆の想いだと思うしわたしもそれに賛同します。


…とは言いつつ彼女とたかみなにはずっと居続けて欲しい気持ちも偽らざる本音なのですが。