カーネーション第9週『いつも想う』
いよいよ世界的戦乱の時代へと突入して、糸子たちの生活もその黒い墨に少しずつ少しずつ塗り潰されて行きます。
そこに糸子や勝さんや安岡のおばちゃんたちの人の親としての“憐れさ”が折り重なっていく構造は、実は痛烈な戦争批判となっているとわたしは感じます。国防だの国益だのが目指すものは、子の親に親の憐れを忘れさせず、しかしそこに身を投じさせない、そういう事でなくてはならない筈なのに。
そして勘助の“心”を失わせたものとは、後々に安岡のおばちゃんが臨終近くを迎えた病床で糸子に語る
『勘助はやられたんやのうて、やったんやな。あの子がやったんやな』
という言葉が指し示す意味にこそあって、この視点こそに戦争ドラマとしてのカーネーションという作品の特異さがあるとわたしは感じます。
本週を契機にこの先暫くカーネーションというドラマは戦争時代の暗憺とした混迷に入り、糸子の気性が刺々しい嫌味に映らざるを得なくなってしまう場面も少なくなくなって行きます。正直観ることが辛い場面も多くなるのですが(安岡のおばちゃんとの悲しい齟齬…)、そこも含めてのカーネーションというドラマだとわたしは思うので、少しのあいだ、辛抱して付き合いたいと思います。
