こんな経験ないでしょうか。

 

 

働いている人なら

 

 

「もっと休みが欲しいなあ」

 

「平日に休んでみたいなぁ」

 

 

学生の方なら

 

 

「テスト前にもっと勉強しておけばよかったなあ」

 

「時間がもっとあったなら絶対勉強してるのになぁ」

 

 

と。

 

現在の状況から理想の環境を妄想して仮定し、そうなれば理想だと思い込んでいること。

 

 

しかし、実際にその状況が訪れてみても「ゲームしたい」やらなにやら別の欲求や状況が出てきて理想の過ごし方通りとはならないでしょう。

 

 

「もっと時間があれば勉強していた」

 

「もっと時間があれば練習していた」

 

と考えたところで

 

実際に時間ができたとしても勉強しません。練習しません。

 

本気でやる気を出すこともしくはやらざるを得ない状況にならないと人間なかなか行動しません。

 

嫌なことを極力避け、快楽やなまけの方向に進む傾向が誰しもの中にあると思っております。

 

これをやめる方法を最近ずっと考えております。

 

瞑想は努力ではないのか?ただ座ってじっとしているだけだと言われればそれまでですが、苦痛を伴いますよね。

 

「頑張る」ことをやめ、苦がなく生きようとしているのに瞑想を「頑張る」とは行動が矛盾しておりますよね。

 

瞑想や呼吸法を習慣とすれば確かに人生ははるかに豊かになると思いますが、楽して瞑想や呼吸法をしようとすると失敗におわるのではないかと思っているのかもしれません。心の底で

 

昔2週間ほど毎日最低30分は呼吸法を行っていましたが、長くは続きませんでした。

 

 

興味がなく、熱が冷めると続かないようです。いわゆる飽きがきた状態です。

 

 

毎日継続して意識的に行っていることが最近ないことに気づきました。

 

つまり流されて生きている・・・・・・・

 

結構とんでもないことにブログを書きながら気づきました。

 

 

「意識」というものを使って主体的に生きると大体の人がつかれますよね。

 

それを毎日やっていけとなると大体の人が興奮しやすくなるかもしくは気が狂ってしまうと思われます。

 

「意識」してスケジュール管理

 

「意識」して食事

 

「意識」して掃除

 

「意識」して仕事

 

「意識」して書類作成

 

 

気を付けるということ、つまり注意するということは限度がありません。

 

チェックする項目が多ければ多いほど疲れます。

 

瞑想を行うとそれほど「意識」をしなくても注意力が上がっているため気が付くことができるようになると思われます。

 

毎日瞑想をしようと思っていますが、気づいたらスマホで4時間・・・・・・

 

 

悪習慣を止めたいですが、瞑想がなかなか手を付けられません。

 

途中では止まらなくなりましたが、始めることがそもそもできなくなりました。

 

スマホいじいじ・・・・・。

 

 

どうすれば継続できるんだろう・・・・・、