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《猫を連れて来てくれないか》


今日の話は、寺の住職をしている大門さん(仮名)が語ってくれた子供の頃の体験談。

大門さんの家は寺で、当時住職だった祖父と両親、妹と5人で生活していた。

祖父が猫好きだった事もあり、寺の境内にはすみついた野良猫がそこら中に

ゴロゴロとしていて、大門さん自身も良く餌をあげたりして可愛がっていたんだそうだ。

本堂の裏側に、祖父もいつからあるのかよくわからなかいという古い井戸があった。

普段は蓋がしてあるが、覗き込むと暗い底のほうで時折、

水面にブクブクと泡が出ていたというその井戸は、

もしかして水中には何か得体の知れないものが

潜んでいるのではないかと幼心に思わせ、

あまりこの井戸が好きになれなかったという。

ある日、大門さんがお気に入りだったぶち猫が姿を消してしまった。

猫は死期が近づくと悟られないように身を隠すというが、

ぶちは今朝方まですこぶる元気だったんだが…

誰か猫好きな人にでも拾われていったのだろうか!?

自分の中でそう結論を出して大門さんはぶちの幸せを願った。

…だが翌日も、また一匹、次の日もまた一匹と姿を見せなくなった。

誰かが拾っていくにしても毎日、毎日猫がいなくなるのはやはりおかしい。

境内中、どこを探しても猫の死体などなく、大門さんの祖父も首を捻っていたという。

数日が経ち、大門さんが小学校から帰り家でノンビリしてたところ、

突然、妹の悲鳴が聞こえた! あわてて祖父と二人で悲鳴のした方に飛んでいくと、

妹は本堂の裏の井戸に上半身をつっこみ、尋常ではない程の泣き叫びながら

浮いた足をバタバタさせていたのだという。

「ばかもん!何やっとる!」

祖父が妹の体を抱き上げようとするが、妹の体は鉛のように重く、

祖父と大門さんが二人掛かりでもなかなか上げる事ができない。

何かに引っかかっているのか?

大門さんは妹の上半身を引っ張り上げようと井戸を覗き込み、


その光景に絶句した。


泣き叫ぶ妹の両腕を、「人のようなもの」がしっかりと掴んでいた。

人だとひと目でわからない理由、それは人型はしているが、

全身がまるでぐずぐずに腐ったように崩れていて、

とてもではないが生きた人間には見えなかったからだ。

絶叫した大門さんは全身の力が抜けてしまい、その場にへたり込んでしまった。

その様子を見ていた祖父も井戸の中を覗き、大きな声で経を唱えた。

しばらく祖父が経を唱えながら妹の体を引っ張っていると、

すっぽ抜けるように祖父は妹を抱いたまま井戸の横に勢いよく転がった。

祖父はすぐさま起き上がり、井戸を覗き込みながらさらに経を唱え、

最後に井戸の蓋を閉じた。

「家に入ってなさい!」

祖父の怒号で我に返った大門さんは、泣きじゃくる妹を引っ張って家の中に駆け込んだ。

落ち着いた妹はぽつぽつと、何故あんなことになったのか説明を始めた。

一週間程前、妹が本堂の裏で遊んでいると、井戸から声が聞こえたのだという。

さほど恐ろしいとは思わなかったという妹が井戸の蓋を開けてみると、

井戸の中に着物を着た男性がいたのだという。

男性は「猫が好きだ、猫を連れて来てくれないか?」と妹に言ったのだという。

言われるままに妹がぶち猫を井戸に連れて行くと、井戸の男性は「かたじけない」と言い、

猫を抱いて井戸の水底に消えて行ったという。

それから妹は度々井戸の男に呼ばれ、猫を連れて行っていたのだというが、

さすがに妹も猫がどこに行くのか不思議に思ったらしく、猫はどうしたのか、

どこに行ったのか男性に尋ねたという。

すると突然、男性の様相が豹変し、腕を掴まれて井戸に引っ張り込まれたのだという。

井戸は祖父の提案ですぐに埋められ、その場所に小さな祠を作ったそうだ。

祖父はその男についてなにも語らず、他界してしまい、

妹の腕には、今でも火傷の跡のようにしっかりと手形が残っているという。



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