こんばんは



ともえちあきです(=^ェ^=)
先月、伊勢神宮へ参拝に行ってきました
前回(5年前)の参拝では
今世、日本で生まれ育っていること
ずっと守られてきたことへの感謝が
身体の奥から強く湧いてきて
次から次に勝手に涙が溢れ
堪えるのに必死なほど
とても感動した
また1、2年以内に参拝に来れたらいいな♡
心からそう感じた
でもそのとき
私の願いとは裏腹に
思考(頭)は真逆のことを主張していました
「え?!
参拝の為だけに、またわざわざ大変な思いして
あんな遠いとこまで行くの?!
一回行けたんだから、もういいんじゃない?」
当時、滅多に行かない大阪まで飛行機で行き
そこから友人の車を借りて
迷いながらやっと辿り着いたせいか
鹿児島〜お伊勢さんまでのルートは
ものすごく遠くて大変‼︎
そんなイメージを持っていた
「そっかあ。。。
確かに大変だから無理だね〜」って
それまでずっとそうだったように
なんの疑いもなく当たり前にように
思考の言いなりになっていた
ところが今年に入り
年号が令和に変わって
2カ月ほど前から、ふと
また私も参拝したいなと思うようになった
「お伊勢さん、遠くて大変だったの覚えてる?
だからムリだよ」
頭の中の思考が
いつものように速攻でそう畳み掛けてきたけれど
とにかく黙らせてみて
本当の願いはどうなのか
ノートブックで自分に訊いてみた
お伊勢さん、遠くて大変だったってそれ本当?
前回、
強烈に覚えているのが
友達の運転があまりにも怖すぎて
本気で死ぬかと思い笑
ずっと私が運転したこと
全く土地勘のない場所を
迷ったりしながら運転を続けて
知らないうちに精神的な疲労感が
溜まってたのかもしれない
運転は好きな方だけど
その時は、何だか心細くて不安で
まだ着かないの??って
気が「遠く」なっていたから
距離的にも遠く感じたのかも
その時の状況が私の好みではなかっただけで
勝手に大変さを感じて
それをお伊勢さんに無意識にくっつけて
「お伊勢詣りとは?
行きたいけど遠くて大変💦」
そう設定してた
完全な八つ当たりだ
何も問題無ければどうしたい?
「お伊勢さんに行って
直接感謝とお祝いを伝えたい
できれば令和元年である年内中に行きたいな♡
そして楽チンに行けたらいいな♡」
叶っても叶わなくてもどっちでもいい
私の幸せには全く差し障りないから♡
そんな風に願いを持っていたら
1カ月も経たないうちに叶っていた
先月、
東京でパリ読書会の説明会に参加した後
大阪へ向かう用事があり
その間、2日間空きがあることが分かり
そこで念願のお伊勢詣りに行けました
行きは新幹線で名古屋で途中下車して
「伊勢志摩ライナー」で夕方伊勢入りし
その晩はホテルでゆっくり身体を休めて
翌日はお昼前から
外宮、内宮とゆっくり参拝し
平成を健康で無事に過ごせたことことや
設定変更に出会うことができたこと
令和も皆が安心して幸せであれるよう
日頃の感謝を沢山伝えることができて
参拝後はお約束のおかげ横丁で
お寿司やぜんざい、松坂牛串、あわび串
メンチカツ、焼き栗など頂き
食べ過ぎだね〜😀
帰りは夕方の「しまなみ」で
ゆったりと列車の旅を満喫しながら
次の目的地の大阪へ行くことができて
結果
直接お伊勢さんに伺って感謝とお祝いを伝えたい
できれば令和元年である年内中に行きたいな
そして楽チンに行けたらいいな♡
これらが全て
今の私の中でいちばんベストなタイミングと
ルートで叶っていました
ほんの数日前まで、伊勢行きの特急列車が
あることさえ知らなかったのに



想像以上に楽チンで快適な環境の中で(当社比)
再訪が叶って
おまけの幸せに感謝でいっぱいでした
もしかすると
「ただ単に東京から大阪行くまでに
たまたま時間が空いて、普通にお金払って
特急列車乗って伊勢神宮へ行っただけじゃん!
そんなので願いが叶ったとか
大袈裟なこと言わないで💧」
そう思う方もいるかも知れない。
というより
以前の私なら完全にそう思うはずだ笑
でも、あのまま
お伊勢さんに「遠くて大変!」っていう
八つ当たり設定をくっ付けたままだったら
今までのように
最初から行く事さえ断念してただろうし
今回のように東京ー大阪に移動する間
2日間空いていることに気付いても
そこで、よっしゃ伊勢神宮行ってみよう!
なんて全く考えも付かなかったはずなんです
思考の声を黙らせて
私の本当の願いを聴こうと努力する
そんな私自身に
以前は全く持てなかった信頼感が
少しずつ湧いてきて
自分を好きになれていることが嬉しいんです
鹿児島の設定変更仲間の
松村真香さんとお茶会を開催します♡



