今日はいいお天気でした。

 

建物の隙間からベランダに太陽の光が射しこむ時間は、窓辺にハンモックチェアーを引き寄せます。


窓を開け、陽を浴びて活き活きとした鉢植えを眺めながら、体をゆらゆらさせたり、好きな本を開く時は私のささやかな幸せの時間です。

 

夕方、ルイ君がやってきたので、ai-fortunate-aiさんに教えて頂いたお豆腐のきなこ餅を作って一緒に食べました。お豆腐が入っているとは思えません。まるで本当にお餅のようになるんですね。簡単で美味しいので、リピートしようと思います。有難うございました。

 

 


読書記録:「財布は踊る」(原田ひ香・作)

 

原田ひ香さんの小説はお金や節約がテーマの物が多いです。それが、共感を覚えることばかりなんです。そして、気付かなかった知識も増えるし、なにより登場人物が、最後は不幸な人生から浮かび上がるものが多いので、読後感もとってもいいんです。

 

よく、高価な宝石が次々と人手に渡り、その宝石を手に入れた人の物語が順に語られる小説や映画がありますが、この小説はルイヴィトンの長財布(ハワイで約10万円するものだとか)が次々と人手に渡り、それを手にした人たちの人生を浮き彫りにしていくという物語でした。

 

それを手にした人たちはお金に困っていて、詐欺まがいのことをしていたり、倹約に倹約をかさねていたり、という人が殆どで、中でも私が印象的だったのは次の2例です。

 

1つ目は、リボルビング払いのことです。

 

こんな内容でした。

 

葉月みずほは10カ月の息子を持つ専業主婦で、料理にも工夫を凝らし、月に食費と日用品代として渡される5万円から倹約に倹約を重ね、2万円づつ貯金をし、ついに60万円を貯めることができた。

 

そのお金でハワイ旅行に行くのが夢だったのだ。夫の雄太は「では俺がハワイでの食費やお土産代などを払う」と言ってくれた。

 

思ったより散財してしまったので、帰国後、どれだけクレジットカードの請求が来るだろうとみずほが気にして雄太にきくと「いつも通り3万円くらい」という。

 

大体20万円位使っている筈なのに、請求額が増えないのはおかしいと、みずほは不安になって請求書を見せてほしいと頼むが、今はネットだから請求書はないという。なら、ネットの画面を見せて、と頼むと、ちゃんと払っているんだからと雄太は不機嫌になってしまった。

 

みずほはどこかおかしいとカード会社に問い合わせるが、本人でないので明細は教えてもらえない。ただ、電話口の女性に不安な事情を話すと、「もしかしたらリボ払いでは」と教えてくれた。

 

みずほが雄太をなだめすかして、ようやくカード会社のサイトから残額を調べるとなんと228万円もの金額が残っていた!

 

結局リボ払いの手数料は年15%なので、228万円の15%は342,000円になり、それを12ヶ月で割ると28,500円になる。毎月の支払額が3万円なので、元金の支払いは1,500円のみとなる。元金は減っていないのに、2人の携帯代約15,000円は家族割にするために毎月このクレジット会社から引き落とされているので、元金の残高は増え続けてきたというわけだ。

 

何故クレジットカードを持ち、リボ払いにしたかというと、学生時代にiphoneの機種代金が無料になる契約を携帯会社とした時に、新しいクレジットカードを作って支払うことが条件だったからだそうた。それがリボ払いと説明されたのかは定かでないが、毎月の支払いが携帯の使用量8千円と合わせて3万円だといわれて納得したそうだ。・・・・

 

リボ払いは金利が高いとは知っていたけれど、長い間積み重なっていくととんでもない金額になるんだと、私もびっくりしました。少しの金利も惜しい私は常に一回払いにしますが、毎月カード会社から「今月の支払いはリボ払いにしませんか」というメールが来ます。

 

若い人は少々の金利なんて気にせずに、返済額の小ささに惹かれる人も多いと思うので、こういった実態は広く知られるべきだと思いました。

 

 

もう一つ気になったのは、大学時代に借りた奨学金の返済の話です。

 

一時期から、アメリカの大学生が、職も得られないまま400万円とか600万円とかの奨学金という借金を背負って社会に出て行き、大変な苦労をしているというニュースを耳にするようになりました。

 

そして今、日本でも奨学金という借金を抱えたまま社会に放り出されてしまって、将来に夢も描けないような切迫した日々をおくっている若者がいるということが話題になるようになりました。

 

この物語にも奨学金の返済を抱え、待遇の良くない派遣などをしながら、将来に夢も希望も抱けず、切り詰めた生活を続けている若い2人の女性が登場します。

 

昔は、親に経済力がないけれど優秀な成績の男性が奨学金をもらって大学を卒業し、高収入の地位を得て、奨学金は自分で返済するという感じで、それほど一般的ではなかったと思います。

 

今は大学進学者も多いし、気軽に借りられるようにもなっているのでしょうが、大学を卒業したからといって、待遇のよい会社に就職できるとは限らないし、職自体がみつからないこともあります。なのに返済は始まるので、若ものたちの不安は想像するだけでも可哀想です。

 

作者の観察は鋭くて、今は親世代も老後の資金を確保するのが大変なので、子供を助けることができないというのです。確かに、昔の親は自分が我慢しても困っている子供には仕送りをしたりしていましたが、今は自分の生活を守るのに精いっぱいの親が多いんですね。考えさせられます。

 

私は母子家庭で3人の娘を大学に行かせましたが、出費のピーク時は大変だったので、大学入学後は金利ゼロの奨学金や超低金利の教育ローンなど、いろいろ借りました。

 

3人分なので結構な金額になりましたが、生活費と奨学金はごちゃ混ぜで私が管理し、保護者として学費や必要なものはその中から払いました。(お小遣いだけはアルバイトで賄ってもらいましたが。)


大学までは親が出すもの、と思っていたので、奨学金は私の借金だと思っていました。なので、勿論奨学金を娘たちに返済させる考えは全くありませんでした。

 

でも、現在のように、就職もままならない、貯金もない新卒の人たちが、親にも頼れず奨学金という借金を抱えてしまう現実があるのなら、進学したい人に奨学金を貸し付けてそのチャンスを与えるだけの制度は再考の余地があるのではないかと思います。

 

返済無用の奨学金を増やすか、奨学金の返済がどれほど将来に影を落とす可能性があるのかを対象者に広く伝える必要があると思いました。

 

とまあ、色々考えさせられることのある小説でした。