皆さん、様々な場面でIDとパスワードを設定していますよね。


パスワードを忘れた!て場合、メールにてパスワード初期化手続きをしたり、社内インフラなら管理部門にどうにかしてちょ、と頼んで復旧すると思います。


ところが


コンピュータの世界でそのパスワードを失念ないし記録した媒体を紛失、破損した場合はその対象を初期化します。

アプリならアプリ、OSならOS(ハードディスク)を初期化するのです。








人生には、IDはあってもパスワードはありません。


初期化は出来ません。

巻き戻せません。


そのIDは生まれて死ぬまで変更することが出来ません。



ですが、先のことは上書きが出来ます。





怠惰であった自分、ブラックな環境で不遇な人、てってれーっと呑気で散財して飲み食いしてきた人、出会い系アプリに各々のご都合ワールドで悪いことする輩に騙されてきた人、


とりあえず強い情熱、または魅力的な目的があれば自分でなんとか上書き出来ます。












それと比べ、


寂しかった時間、貧しかった時間、体調が悪かった時間は自分だけじゃどうにもなりません。

運であったり縁であったり、物理的なチカラであったり、何かの幸運が必要です。



これらについて程度の長短、高低はあろうとも免れていることが

当たり前

となりがちですが、

感謝

を我々は忘れてはいけません。



これまで何度もこのブログで書いてきましたが、「感謝」の反対語が「当たり前」なのです。



そんなことを、自分のお腹と見つめ合って会話して思いました。


そして自宅のESXiのrootパスワードを書いたテキストが、、、上書きされて、、、











ちくしょー!





今年のおっさん猫、タフになる!