こんにちは。


大変ご無沙汰のブログではありますが…


さいたま市浦和区のフランス語教室フレンチパレットの中村です。執筆活動をしておりなかなかブログにまで手が回りませんでしたが、改めて再開したいと思います。


さて、最近の話題。


パリの歴史的建造物凱旋門。これが只今白い布で覆われ尽くしています。





環境アーティスト、ランドアーティスト、と言う名称で活動しているクリスト


夫妻、有名なアーティストです。



ご夫妻で活動しつつも個々の名前でも作品を作っていましたが、先に奥様が亡くなられ、その後、旦那様の方が去年亡くなりました。コロナ禍で実現できなかった、凱旋門を梱包するという企画を、死後1年経ってオマージュとして再現されたのです。


果たして、これはアートなのか?


凱旋門にこれが必要なのか? 


これすごく斬新で良い!


などなど、フランスの報道、パリッ子たちの意見は多数千差万別です。



個人的にはクリストのカバーリングを使ったようなアート作品は苦手です。全てがプラスチックで覆われつつあるようなこの地球に、何かその現実をのどほどに近づけられるような感じがして、辛い気持ちになります。  




通常慣れ親しんでいる視覚情報を、一時的に覆い隠すと言う行為を通して生じる不調和、それこそが、彼の視覚認識に対する挑戦なんですけれども、私はではないタイプです。ファンの方ごめんなさい。




いずれにしても、こうした催しが行われるには、クリスト曰く、一番大変なのは、行政の許可を得ることだとか(笑)




そりゃそうでしょう。何十年越しに許可を得たなんていうのはザラですね。  




そういうプロセスも含めて、および大人数のボランティアや技術者が巨大な建物を布で覆っていく共同作業、その資金は(入場料も見物料も取れない設定ではスカラ)すべて自分たちの経済活動、その他の展覧会での収益やグッズ販売の収益は手自力でやっているあたり、プロセス含めて彼にとってはアート活動なのでしょう。



皆様はどう思われますか?



ファンの方にはたまらなく嬉しいイベントではあります。


が、もし人生で初めて凱旋門を訪れる日が梱包期間中で、その期間以外になるともうなかなか見られる機会がないと言うタイミングだとしたら?


かなり切ない気持ちになるのではないかと言うのも正直なところ。。。




ニュースではさまざまに取り上げられています。その見出しを見ると、…


凱旋門、白い布っ梱包された、覆われた凱旋門、なので、形容詞とか過去分詞が使われます。






こうした自由なアート活動が行われるのは、とても良いことだと思います。



特にフランスでは、秋冬の日照時間がぐっと短くなるため、文化活動に心の憩いを求める人々が増えます。コンサートや演劇などもぐっと増えていきます。


密集を避けたり、ワクチンパスポートを所持したり、いろいろやらなければなりませんが、それでもこうした憩いの場が維持されていくことを願わずにはいられません。


そしてフランスだけではなくもちろん日本も!!です。


こんな日が1早く戻ってくることを心から願っています。


以上フレンチパレットの中村でした。