俺たちは、真夜中のハイウェイを北に向かって爆走していた。カーステでは東京でGETした、デモ音源やMIX CDが鳴っている。飲食は、福岡のダチ公が差し入れてくれた、 カップラーメン等でしのいでいた。NUFFTYが地元でとんでもない数のILL SLANGのCDを捌いたり、WENODで多額の現金を得ていたものの、各地での散財により、俺たちの金は尽きかかっていた。そこでメンバーの何人かは、消費者金融の世話になる事になる。(この時は良かったが、帰ってから、悲惨な目に会う事になる。)消費者金融で金をGETし、俺たちはいったん仙台に立ち寄った。目的は、牛タンである。美味しい牛タンを食し、夜中に俺だけ、とあるCLUBに寄ってみた。その日のイベントはHIP HOPだった。なんか偉そーなB-BOYが偉そーに仕切っていたので、気に食わなくて、俺はマイクを掴み、見ず知らずのそいつをDISりまくった。だが、そいつがマイクを握る事は無かった。偉そーに座ったまんまだ。特に得る事も無く、仙台を後にした。
だんだん寒さを感じ出して来た頃、青森市内に到着した。雪がちらついていた。駅前は閑散としていて、人がいなかった。俺たちはまず、B-BOY系かクラブ系らしき人間を必死で探し、ドラクエみたいに話しかけた。「どこかに、レコード屋とかありませんか?」その人は親切に教えてくれた。それが、BRAIN RECORDだった。行ってみると、カワイさんというオーナーがいた。新旧のHIP HOP VINYLが並び、BLUE HERBの1st アナログとかも置いてあった。カワイさんは遠くから来た俺たちを、笑顔で歓迎してくれた。青森弁が激し過ぎて、時折何言ってるかは分からなかったが、とにかくいい人だというのは分かった。ちょうど週末の夜にイベントがあるので、LIVEしねっぺか?という感じの事を言ってくれた。BRAIN RECORDにはCLUBが併設されており、青森の若者達は、ここに集まるのだという。
俺たちは旅の疲れを癒すため、ビジネスホテルを一室だけ借り、みんなで寝た。週末の夜まで毎日のようにBRAIN RECORDに顔を出し、馬鹿話をした。カワイさんに連れて行ってもらった、「ひかり」という居酒屋が忘れられない。おばあちゃんが一人でやっていて、頑固だがとても優しい人だった。おばあちゃんが亡くなり、今はもうない。YURAとNUFFTYも、夜な夜な、美食三昧していた。青森は、とても、飯が美味かった。
ある日カワイさんに、「番長」という強烈なネーミングの女DJを紹介してもらった。番長の家に遊びに行くと、カンパニーフロウとかの、良質なUNDER GROUNDHIP HOPが、いっぱいあった。彼女も週末、廻すのだという。俺とBIG FACEは番長の家で何日か、お世話になった。
週末が、やってきた。BRAINレコード併設のCLUBは、スナックを改造したようなもんなので、広くは無いが、アットホームな雰囲気に満ち溢れていた。ここでのLIVEは、今までより、中々マシなLIVEが出来たように思われる。かかる音楽もGOODなHIP HOPばかりで、いっぱい踊った。番長つながりで、色んな人たちを紹介してもらった。女の子も、可愛かった。DJ CODEが、女の子と手と手をとりあって、夜の闇に消えて行った。その前に、BIG FACEに「一万円貸して下さい!」といいながら...
あっという間に、週末は終わり、出発の日がやってきた。
ここからの移動は、バンを港の駐車場に止めて、フェリーで函館まで向かう。
カワイさん、番長たちに別れを告げながら、再会を約束した。