私がレーシックを受けようと思い、色々調べた結果、レーシック難民と呼ばれる人々の存在を知りレーシックを受けるのをやめるまでの経緯を書きます。
前からの続き
しかし、冷静に考えれば「レーシック難民」の人たちが噓を付く理由はないし、何よりその文章から本当に困っているという本気度が伝わってきた。レーシックって本当はメチャクチャ怖いものなんだ。そう思った。「事実は小説より奇なり」まさにそんな印象だった。
レーシックを受けることについて母親にも相談してみたところ、止めた方がいいんじゃないと言われた。父親もレーシックを受けようとしたが、色々調べた結果、止めることにしたらしい。父親もレーシックについて調べたらレーシック難民にたどり着いたのかな。
結局、私は「レーシック難民」の存在を知ってしまったこと、また母親からも止めた方がいいと言われたことによりレーシックを受けるのを止めることにした。メガネがあれば普通に生活できるのに、コスプレのためだけにそんなリスクを取るのはバカバカしいと思った。
実際、レーシックを受けた人の95%ぐらいは後遺症もなく成功しているのだろうと思うが、100%成功しているわけじゃない。失敗している人もいる。もちろん物事に100%一人残らずなんてことはないだろうから、手術に失敗する人がいるのはしょうがないと思う。失敗した人にも治療法があり、治療を受ければ治るというならそれでも良いと思う。だけど、現実はそうじゃない。レーシックで失敗して治療をしてもらえず、まさに「難民」として後遺症に苦しめられている人がいる。
もし、レーシックを受けなければ生命の危機に瀕すとかなら、レーシックは受けると思う。放っておいたって早かれ遅かれ死ぬからね。でも、レーシックはそうじゃない。メガネがあれば普通に生活できる。いわば贅沢品だ。タバコや酒と一緒なのだ。
贅沢品のためにそんな危険を冒すのはリスクがありすぎる、それが私の思ったことだ。
裸眼で生活することへの憧れはまだあるが、レーシックに代わるもっと安全性の高い新技術が出てきてからでも遅くはないんじゃないかとも思った。私が生きているうちにはそんな技術は出てこないかもしれないけど。
後に続く