私がレーシックを受けようと思い、色々調べた結果、レーシック難民と呼ばれる人々の存在を知りレーシックを受けるのをやめるまでの経緯を書きます。
私は子供の頃から目が悪く、小学生の時からメガネなしでは生活できなかった。そんな私が裸眼で生活できるようになりたいと思うのは当然だったし、私と同じくメガネなしでは生活できない人は誰しも一度はそう思ったことがあると思う。
色々調べる前、裸眼で生活できるようになるための方法として、コンタクトレンズを使うかレーシックを受けるかのどれかをすればいいんだろうなと漠然と思っていた。しかし、コンタクトレンズは目の中に物を入れるし、レーシックは目にレーザーを当てる。それが怖くて私は中々手出しができなかった。メガネがあれば生活に全く困らないというのも理由であった。
だが、大学生の時に行動を始めた。きっかけはお恥ずかしながら大学生の時からコスプレを始めたからだ。その際、メガネなしでは視力0.1もない私はメガネキャラのコスプレしかできず、コスプレのバリエージョンが非常の狭まっていることに気付き、裸眼で物を見られるようになりたいと強く思うようになった。そして、すぐコンタクトレンズの作り方をネットで調べた。コンタクトレンズを作ったことのない私はそれすら知らなかったのだ。調べたところ、どうやら眼科でまずコンタクトレンズを入れても大丈夫かどうか目の適応・不適応を検査し、その後レンズを目に入れて試すとのことだった。
さっそく私は眼科に行き、目の検査をしてもらった。結果は問題なしとのことだった。その後、その眼科で実際にレンズを目に入れて試すことになったが、そこで問題で起きた。いざレンズを目に入れようとすると目の中に異物を入れるという恐怖から目が閉じてしまうのだ。何回、何十回やってもどうしても目が閉じてしまう。これは人間としての本能だったのでどうしようもなかった。仕方なく、私はコンタクトレンズを作るのを諦めて家に帰った。
自分はコンタクトレンズをすることができない-。その思うと凹んだ。しかし、すぐ冷静になりコンタクトレンズ以外にも裸眼になる方法はあるじゃないか。それはレーシックだ。だが、当時大学生の私はレーシックを受けるためのお金がなく、結局諦めるしかなかった。いつかお金が貯まったらレーシックを受けよう。そう心に決めた。
その日以来、いつの間にかコンタクトレンズやレーシックのことは一旦頭から忘れ、今まで通りのメガネの生活を続けたのであった。
後に続く