どうも、白鳥です。
朝にブログ書いてますが、なんか新鮮な気分ですw
たまに、やること、やる時間なんかを変えてみると
いつもと違う空気を味わえて、自分を変えるのに
一役買ってくれますよw
さてさて、
今日はフッと思いついたことを一つ。
(思いついたことしか言ってないじゃん、ってツッコミ大歓迎ですw)
日本人の美徳の一つとして、
謙虚、というものがあります。
ただ、この謙虚。
行き過ぎてる人いない?
一応、言葉の定義を確認しましょう。
定義がなければ、行き過ぎてるもクソもありませんからね。
goo辞書で調べてみると
『控え目で、つつましいこと。へりくだって、すなおに相手の意見などを受け入れること。また、そのさま。』
だそうです。
ただ、たまに、謙虚って言葉を勘違いして、
自分で勝手に必要以上にへりくだって、
勝手に傷ついてく人がいるんですよねw
誰のことかって?
昔の僕ですよw
謙虚って言葉が日本人の中で大事にされているのは、
謙虚って言葉が日本人の成長のために必要なことだから、だと思うんですよ。
生き残っている言葉っていうのは、使われる必要があるから
生き残っているわけです。
まして、謙虚という概念が今の今まで残っているのは
それだけに重要だったから、という他ないんです。
でも、この謙虚を履き違えて、自己否定まで行くと、それは謙虚ではないんです。
もし、謙虚=自己否定になるならば、この言葉はとっくに消えてると思いますよ。
謙虚ってのは、
ひかえめに、へりくだって、素直でいる姿勢のことを指します。
なんで、こんな姿勢が必要なのか。
これを行うことで、周りとの衝突を避けることができます。
そして、そうすることで、他力を借りる、ということがしやすくなるのです。
だって、過度な自信にあふれまくっていて、周りの連中を見下しまくっている人の
応援なんてしたいと思います?
謙虚な心を忘れて、
自己肯定や自信を持ちすぎると、人として終わってく可能性が出てくるんです。
謙虚っていうのは、人付き合いのために必要な精神を保つための
リミッターみたいなもんなんです。
と、まあ、僕の謙虚に対する考えはこんなもんです。
へりくだるのは、他人との協調を図るため。
自分一人でなんでもできる!他の無能な奴なんていらない!
なんて発想のヤツに人なんて集まってこないでしょ?
つまりは、人と協力するためのツール=謙虚な心ってわけです。
だからこそ、謙虚な心を自己否定をする理由に使わないでくださいね。