何か新しいことにトライする時って、ちょっと怖いですよね。



何が起こるか分からないし、実際に予測不能の事態が起きたら、


どう対処したらいいかも分からない。


そんな時は、トライすること自体が間違ってるんじゃないかと、


気持ちも後ずさりしたりするものです。




こんな時は、子供の頃の自分の写真を出してきて、眺めてみて下さい。


そして、その頃の大好きだった遊びなんかも一緒に思い出して下さい。


遊園地のジェットコースターだったり、お化け屋敷だったり、


はたまた、初めて訪れてみた森の探検だったり。


それらはどれも初挑戦で、「予測不能」なものだったはずです。


でも、その頃は恐怖心なんて、恐らくなかったはずです。


写真を見ながら「その頃の自分」の気持ちを少しだけ思い出して下さい。




大人になるにつれて、私たちは失敗は良くないことだと思って、


その原因の一つとなりうる「予測不能」の事態を、段々と避けたがります。


でも、「予測不能」が大好きだった自分も、本当はどこかにいるはずです。


なので、もしも「失敗」が怖くなったら、子供の頃の自分を思い出しましょう。


そうすることで「予測不能」の事態は、行く手を阻む壁から、


何が起こるか分からないドリームランドへの扉となっていくのです。




【心の強い人とは、子供の頃の楽しかった気持ちを、

     パワーに変えることが出来る】



抑えても、抑えても、怒りが収まらない時って、誰でもありますよね。



どう考えてみって、絶対に自分に否があるとは思えない。


けれども、実際に怒ってみたとことで、状況は変わらなさそうだし、


第一、こんなことで怒っている自分が、とても小さな人間に思えてくる。


そうなってくると、怒っている自分の方が間違っているような気がして、


さらにいっそう自分の怒りを抑えようと、ひたすら努力するものです。



すると、表面的には、一応、怒りは収まったように見えるけど、


心から納得してるわけじゃないので、あとからまた怒りが湧いたりするのです。


そんな堂々巡りに疲れてしまうことって、誰でもありますよね。



そんな時は、ガマンなんかせずに、むしろどんどん怒ってしまいましょう!


「バカヤロー!」でも、「ふざけるな!」でも、ほんの一言でもいいので、


自分の思いのたけをバンバンと、自由にノートに書きましょう!



怒りとは、いってみれば、心のオシッコのようなものです。


一度、湧き起ってしまったら、外に出すまでは消えることがないけれど、


思いきって外に出しさえすれば、あとはスッキリするものなのです。



ただ、この時に注意していただきたいのは、その「出し方」であります。


怒りは、あくまでも「心のオシッコ」なので、


しっかりと「心のトイレ」にこもって、そこで一人で出しましょう。


自分以外の誰かに向かって、実際に怒りをぶつけるのは、


トイレ以外の公共の場で用をたすのと同じようなものです。



自分の中の「怒り」というものは、意味があって湧き起った自分の感情です。


ご飯を食べたなら、いつかはトイレに行きたくなるように、


自分の感情は、自分の「心のトイレ」の中で、責任をもってケアしてあげましょう。




【心が強い人とは、心のトイレに一人で行って、

     自分の感情を責任もってケアすることができる】




人は、何かの問題に悩んだり、


なかなか解決できないことに直面して苦しんだりすると、


なぜか、ついつい「○○のせいで」と、思ってしまうものです。



そうすることで、たとえ一時的でも、気持ちは楽になりますし、


もしも問題が解決されなくっても、許されるような気もするものです。




そんな時は、ほんのちょっとだけ文字を入れ替えてみて、


「○○のせいで」のフレーズを そっくりそのまま、


「○○のお陰で」に 置き換えてしまってみてはどうでしょう?



もしも、本当に「○○のせいで」、私たちは苦しんでいるとするならば、


間違いなく、「○○のお陰で」、私たちは成長させてもらってるはずです。




どちらも「自分の外側」に目が行っている点では、まったく同じなんだけど、


文字をたった2つ入れ替えただけで、見える世界は違ってきます。


全てを受け容れてる「感謝」という世界なのか、「拒絶」という世界なのか。



どうぜなら、自分の価値に相応しい、美しいメガネをかけてあげて、


自分の目には美しい世界を見せてあげましょう。



【心の強い人は、たった2文字を入替えることで、

   腹立つことも一瞬で感謝に変えることができる】