菊花開く4 | 陽の光浴びて、月は輝く

陽の光浴びて、月は輝く

 ― シンイ 二次小説 ―

FREEWAY

どのくらい、そうしていただろう。

「離れたく、ない」

思わず漏れた二人の言葉が重なって、ふ、と笑い合う。ウンスを抱くチェ・ヨンの腕に力が籠って、ぎゅう、と強く抱き締められる。

ようやく腕を緩めて、それでも離れがたくて、チェ・ヨンの掌がウンスの腕を伝い降りると、その柔らかな手を、そっと包み込む。こっちに、と言って、包んだウンスの手を、優しく引いた。

風に揺れる小菊を掻き分けて、野の奥の方に進むと、突然、視界が開けた。わ、とウンスが声を上げる。そこから、開京が一望できた。

王や王妃…大切な人たちが暮らす王宮、城門から扇状に広がる、活気溢れる城下の町並み。賑やかしく行き交う人々や馬…ウンスは、目を細めて愛おしそうにそれらを見下ろす。

「これから、俺とイムジャが、生きていく場所です」

チェ・ヨンが、しっかりとした声で、力強く言った。

「ここに、何度も来ました。何度も、この景色を見ました。イムジャとのこれからが、未来が、ここにある」

そう言うと、凛と澄んだ眼差しで、ひたむきにウンスを見つめた。その瞳の奥には、確かな光があった。

ああ…

この人は、私が戻る事を、一点の曇りもなく、信じてくれていた…

そして、私がそうしたように、この人もまた、一日一日を、懸命に生きてきた…

全ては、この未来に、繋がる為に。

チェ・ヨンの想いが、痛いほどに真っ直ぐ、ウンスの胸を打つ。チェ・ヨンの深い真心に、ウンスの心が、震えた。

ウンスは、もう何も言えなくなって、唇をぎゅう、と引き結んで、只々チェ・ヨンの温かな手を握り返すことしかできなかった。胸が、一杯だった。



ぽつり。

滴が空から落ちて、ウンスの頬に当たる。あ、とウンスが顔を上げて、あの時のように、きらきらと瞳を輝かせた。この人の、輝く瞳が好きだ。もっと見たい、とチェ・ヨンは見とれながら願う。

チェ・ヨンも遅れて空を見上げれば、いつの間にか雨の気配を含んだ灰色の雲が、頭上に広がっている。遠くから、微かに雷鳴が聴こえて、二人は、顔を見合わせた。

「あなたが呼んだ?」

「まさか」

チェ・ヨンが笑う。この人が、笑うのが好きだ。もっと笑って、とウンスは見とれながら願う。

急ぎましょう、とチェ・ヨンがウンスの手をぐい、と引いて、走り出した。

見る間に滴は絹糸のような雨に変わり、小菊の野をしっとりと濡らしていく。チュホンが、と息を切らして走るウンスに、頷きながら、チェ・ヨンが言う。

「チュホンを繋いだ木のそばに、空き家がありました。そこへ」



空き家の軒先にチュホンを繋ぎ、身体が冷えないよう油紙で覆ってやると、二人は中に入った。

ウンスはぐっしょりと濡れた風除けを脱いで、チェ・ヨンの風除けも手早く脱がせると、木戸から腕を出して、ぎゅっと水気を絞る。

小屋の中を見渡せば、幸い、火付け道具に、僅かだが薪もある。湿気っていなければよいが、と言いながらチェ・ヨンが慣れた手つきで火を起こした。

火口についた小さな火を、木屑を使って器用に竈に移すと、パチパチと音を立てて勢いよく燃え出す。チェ・ヨンは竈の前に椅子を二つ持ってきて、並べると、ウンスから風除けを受け取って、椅子の背に広げた。

二人は、小上がりに並んで腰を下ろし、息をついた。竈の熱は二人にも充分に届き、冷えた身体をじわり、と暖め出した。

チェ・ヨンが、とんとん、と自分の肩を叩く。ウンスは、ぱっと顔を綻ばせて、懐かしそうにチェ・ヨンに寄りかかった。

「俺達の、婚儀ですが」

婚儀、という言葉につい、と顔を上げると、面映そうにしているチェ・ヨンが目に入る。

「王妃媽媽やコモが、衣装やら何やら、あなたの希望を訊け、と口煩く」

まあ、とウンスが口に手を当てて、くすくすと笑う。いつの時代も、女は同じね。

「念入りに支度をすれば、最低でも婚儀までひと月はかかります」

「ひと月…」

「その間は、あなたと暮らせるの?」

「おそらく、正式に夫婦になるまでは、難しいでしょう」

ウンスは一瞬、黙った。

やっと一緒にいられるのに。一分一秒だって惜しいのに、ひと月も?無理に決まってる。

チェ・ヨンをちら、と横目で見れば、下唇を噛み締めて、何だか不貞腐れたような顔をしている。そんな顔も、愛おしい。もっともっと、見ていたい。ウンスは顔を上げると、強い瞳で真っ直ぐにチェ・ヨンを見つめた。

「じゃあ、すぐ。今すぐ、しよう。その衣装やら何やらは全部すっ飛ばして。

あなたが、いればいい。この身さえ、あればいい。何もいらない。あなたといたい。

それだけ。ただ、それだけなの」

たったひとつの、願い。

ああ…

あなたは…そうやって、俺だけを、只ひたすらに願って、一日一日を、懸命に生きてきてくれたのだ…俺がそうしたように、あなたも、また。

どうして、これ以上待てようか。

チェ・ヨンは、力強く頷いて、口端をぐい、と上げる。

「チョナにお赦しを頂きに参る。何と言われようと、正面突破するまで」

そうこなくっちゃ、とウンスが笑った。雨の音は、もう殆ど聞こえなくなっていた。

行こう、とチェ・ヨンは立ち上がる。行くわ、共に、とウンスも立ち上がると、手を差し出した。その手を、チェ・ヨンはぎゅっと強く、握り締めた。