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逝きたい女性に捧げる

題名を変えました。
逝きたい女性に捧げます!

「女神」のブログで今現在で17人もの人に「いいね」をもらった・・・・


嬉しいのだけど・・・・



俺のことをふった女性は、それを見てどう思うだろうか?


苦笑いしているか・・・・、または俺のことをもっと嫌いになるか。。。



あの話を書いて、その後色々なことを考え直した。


決定的に俺が悪い奴だからこそ、俺はフラれた。


そして女神は俺のところを去っていった。


それを17人の人はどう考えているのだろうか?


そこまでしてくれた人にそんな思いをさせたのだから、


「とんでもない奴」と思っているのではないだろうか?



俺のブログを改めて読んでみると、


モテる男、女心をよく理解するいい男というような印象を持たれるかもしれない


しかし、実際のところはどうなんだろう?


本当にいい男なら、こうもフラれ続けるわけがない。


「女神」の話では手ひどくフラれ「不能」になり、


それを救ってくれた女性に呆れられてフラれている。



少しもいい男ではない、それどころか最悪の男ではないか?



自分が自分を見てそう思う。


本当に自分は他人をちゃんと理解しているだろうか?


自分を好きになってくれた人に、心の満足をちゃんとあげているのだろうか?


ただ単に自己満足しているだけで、俺は相手を傷つけているだけではないだろうか?


このブログを書く資格は無いのではないか?


今まで、女性の味方のように書いてきたことは、


すべて自己満足でただの考え違いではないだろうか?


過去に俺をふって去って行った女性は俺のことを


「とんでもない詐欺野郎」と思っているかもしれない。



去って行った女性の傷ついた心を思うと、


胸の痛みと恥ずかしさで、逃げ出したくなるくらいだ。


ここで、とぼけて何も書かないでいる方法もある。


まったく別の話題で、善人ぶっていいことだけを書く手がある。


しかし、それができない。



女神が俺を理解し、俺を救おうと必死になっていた、


そのお返しに俺は何をしたのだろうか?


彼女の思いにどんな形で応えたのか?


ただ俺は意地汚く、彼女の善意、好意、


そして彼女の体をむさぼっただけではなかったのか?



俺こそが「恥ずべき性の野蛮人」ではないのか?


お詫びを言って許されることではないだろうし、


信頼も彼女の気持ちも取り戻せるものではないだろう。



これ以上同じように傷つく人を増やすようなことをしてはならない。


このブログそのものを止めるべきなのかもしれない。


しかしそう思う一方で、心のどこかですべてを許されることを望む、そんな自分もいる。



今日ここにこれを書いているのは、



心の整理がつかない・・・・・・・女神だけでなく・・・・・


傷つけてしまった全ての人に謝罪すべきと考えて書いている。


しかし、同時に自分を肯定もしている。


だからこそ生きているし、更生しようともしている。



今日は、どのようにこの文章を終わらせたらいいのかわからない。


これ以上、このことは書けない。




女神

今日のブログは、俺の女神に捧げます。


「女神」と聞いてどんな姿を想像するだろう?
俺は女神に会ったことがある。


今日はそれを書こうと思う。


それは、ずっと前のこと。。。。。



その女性は、俺が最悪の時に現れた。

その時の俺は、、、、、、

ある女性との別れが原因で、俺は「不能」になっていた。

自分が嫌いになっていたし、自分に自信を失っていた。



毎日の自分が、地獄の中を彷徨っているような


そんな気持ちさえした。


失恋が原因で「不能」になるなんて想像もしていなかった。。。。



「不能」になるのは初めての経験だった。

失恋ごときで「不能」になると、想像さえしなかった。

その時は自暴自棄になった。

恋愛の私生活だけでなく、会社での人間関係でも、

友人とも、親兄弟ともうまくコミュニケーションが取れなくなっていった


すべてがうまくいかない



もともと、俺は躁鬱の気があるのかもしれない、、、、、

心理的に深い穴に落ち込んだような気持に追い込まれて、

二度と這い上がれない気分になって


気が付いた時には「不能」になっていた。



このブログを読む人で「不能」を経験している人はどのくらい居るだろうか?

そして「不能」になった事で味わう「恐怖」を知る人はどのくらいるだろう?




よく「闇の中に突き落とされる」といった表現があるが、

それは、俺には闇ではなかった。


自分の一番見られたくない恥ずかしいところ、


見せたくない心の中の矛盾


自分にさえ嘘でごまかしている部分を、


白日の下にさらけ出され、


それを引きずって歩いているような、、、、、、、、



「不能」になった事を誰かに伝えたわけではないが、


語っていないのに、周りの人々すべてに見透かされているように思えて


恥ずかしくて周りの人々と目が合わせられなかった。


特に女性とは目があわせられなかった。


自暴自棄になり、小さなミスを繰り返す。


仕事でもプライベートでもミスが続き、


さらにミスが次のミスを呼ぶ。


負のスパイラルが続き、どこまでも連鎖する。



逃げ場がなかった。


動いてもダメ、止まってもダメ。


ダメの上に次のダメが重なる。



「男でなくなった」ということが、これほど自分を落とすものなのかと、


その意味の重さを感じた。


さらに、周りは気付いているのに、知らないそぶりをして


陰で嘲笑っているように思えてならない。。。。。


「死ぬことよりつらい」という言葉がある。


その状況はまさにそれだろうと思った。



劣等感だけに包まれた日々。


さらに自分のマイナス面だけを引きずって歩き続けることのツラさ


「不能」を抱えて生きることが、これほど「恐怖」なのだと知った。



「これ以上生きていたくない」
「もう、おしまいにしたい」


毎日、そう思い続けた。

そんな生活の続くある日、ある女性と出会った。

正確には文章でのコンタクトだった。

その女性は文章で連絡をよこしてきた。

「知られたらどうしよう!」

怖かった。ただ怖い。


怖さから、俺はその女性を遠ざけようとした。


心を閉ざして、その女性を遠ざけようとした。

初めはその女性は俺の心の中に「ずかずか」と入りこんでくるように感じられた。

それと同時に「優しく」「甘く」「なだめ」ザラついた俺の心を

まるで真綿でくるむかのように包み込んでくれる。

泣き出して、しがみつきたいような欲求を感じた。




普段の俺だったら、すぐに飛びつき、むしゃぶりついたろうと思う。

恥ずかしい話だが、俺はそんな「あさましい」人間だと思う。

しかし、その時は違った。

できる限りその女性を遠ざけようとした。

「不能」であることを見破られたくなかった。



その女性はKと名乗っていた。

今思うと、駄々っ子のように、ひねくれ、ふてくされ、いじけ、

ただの「くそがき」のようにふるまっていたと思う。

たいていの人なら、そんな俺をとっくに見捨てたろうと思う。

しかしKは見捨てなかった。

時にやさしい言葉で、時に厳しい言い方で、

Kは辛抱強く俺の相手をする。




閉ざそうとする俺の心を、優しくくるむように、赤ん坊をあやすように

手のひらでそっと包み込むように、癒してくれた、

優しく心の中に入り込んでくる。

時に自分がKの赤ん坊になって、あやされるようにさえ感じた。

恥ずかしい話、そんな扱いが心地よかった。

自分の母親にさえ、そこまで優しくされたことなどないように感じられた。



子供じゃない、いい年をした、乱暴で、粗野で、

ひねくれ者のただのオッサンの俺を

Kは辛抱強く、優しくし続ける。

「慈悲」とか「慈愛」という言葉を聞くが

実際にそれを体験したのは後にも先にもその時が最初で最後だったように思う。



もしかしたらそういう女性を「女神」とか「菩薩」とか呼ぶのかもしれない。


「女神」


・・・・と俺はその時感じていた。


正直に言って、Kの胸にしがみついて泣き出したかった。

甘えてみたかった。

しかし、そんなことを死んでも言えないとも思っていた。。。。。。



Kのその優しさは普通の優しさではない。

いくら払いのけようとしても、大きな優しさで包み込む。

たいていの人の場合は呆れて投げ出して立ち去ると思う。

しかしKは何度拒否しても、大きなその優しさで包み込む。

女神と表現する以外に、どう呼んだらいいだろうか?



自分が「不能」であることをほどなく俺は告白した。

どんなことがあっても人に言えないと思っていたその事を、

俺は「女神のK」にすがりつくような気持で告白した。

こんなに大きく優しく、包み込んでくれる優しさを感じたことはなかった。


「慈愛」を感じた。


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いつもなら、ここらへんで話を切るのだが、

今日はその人の思い出が俺のなかで俺を動かす。

話が長くなることを承知で、一気に話を最後まで書こうと思う。


女神と俺は会う約束をする。

なぜ?

俺が会いたいと思った一番の理由は、俺のブログの感想だった。

どんな感想だったかここで書いてしまうと、

自分の心の中を暴露してしまうので書かないが・・・・

Kは俺の心の中を怖いほど見抜いていた。

俺のブログの行間から俺の心の奥底まで見抜かれている。

それを感じた瞬間、

「この女性は絶対だ」と感じた。

「この女性に助けてもらいたい」

そう思った。

最後の最後にすがる「女神」だった。


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Kは会いに来てくれた。

そして二人はホテルに行った。


Kは俺を助けてくれる。

そんな言葉をKは言ってくれた。



奇跡が起きた。

Kにたいして失礼にならない程度にKの体のことを書かないと

どうして奇跡が起きたか話にならないので書く・・・・

ホテルの薄明るいブラックライトの中に

Kの白い肌が浮かび上がった。

その美しさに息をのんだ。

吸いつくような柔らかな肌。

豊かな白い胸



女神だ!


そう思った。

俺の心の中を信じられないくらいに見抜いていたK

Kに頼り切って安心しきっていた俺がそこにあった。

その女性を抱きしめられる


完全に復活していた。

「不能」ではなくなっていた。

それどころか、信じられないくらい元気が出た・・・・

衰えないのだった。



信頼できること。

安心できること。

そんな背景があったのが一番だったと思う。

そして白く美しい肌。

その豊かで美しい胸

何もかもに魅せられた。

どこまでも優しい女神を抱けた。



信じられないくらいに復活して、楽しい時間はあっという間に過ぎ去った。


感動なんて安っぽい表現にはしたくないが、



「救われた」


これ以上の言葉が思い浮かばない・・・・・


女神は俺を救ってくれた。

命の恩人だと思っても言い過ぎではないくらいと思う。

そして、何よりブログを書いていた俺の心の中を誰より理解してくれた事に

俺は深い幸福感を味わった。

こんな女性は絶対にいないと、今でも信じている。

そこまで、理解してくれた女性は後にも先にも彼女以外にはいない。


絶対に・・・・


そう、絶対にこの女性だと今でも思っている・・・・



このブログで、女性の快感をテーマに書いているが、

男の快感も同じことだと思っている。


それは

「自分を深く理解してくれている」と相手を信頼できることこそが

「安心できること」こそが、

快感を感じるための重要な要素だと思う。

逝けないで苦しむ女性も、もしかしたらこの要素は重要ではないだろうか?



Kは何よりも一番にそれを与えてくれた。

そして、落ち込んで自信を無くしている俺に、

さらに自分の体まで与えて、俺を救おうとしてくれた


このことが、女神のすること。


そういう発言をしても、決して大げさではないと思う。

事実、その翌日から、俺は自信を取り戻すことができた。

世界には素敵な女性はたくさんいるだろうと思う。

しかし、俺にはKがベストワンだと思う。




女神とのことは、これが最初で最後だった。

俺は愚かにもKの心を愚かな発言で踏みにじってしまった。

大きく傷つけて、悲しませた。

しかも、つい今日まで知らずにいた。



自分を救ってくれた女神を、お礼をするどころか

深く気付つけて、怒らせ、悲しませた。


恥ずかしい人間だと思っている。。。。。

もしKと復活することができたら、、、




今日のブログは、Kというその女神に捧げます。






快感を快感と感じるメカニズムは、下半身に与えられた刺激を「気持ち良い」と脳に伝える神経の伝達だ。
その神経の情報伝達がうまくできないと、逝けない。
その神経を快感で目覚めさせるのが、大切なトレーニングだ。
最初はその快感の神経を目覚めさせるのに、時間をかけてク○ニなどで、外側から内側へ快感を呼びさますトレーニングをする。

たいていの場合、初めて長時間にわたって、このトレーニングをした女性は、翌日は眠くて仕方ない。
人によっては一日中眠り続ける。
これは当たり前なのだ。
今までほとんど使わず、眠っていた神経が、目覚めて、働きはじめたわけだ。
神経が疲れて眠くなるのは当然だ。
このトレーニングを繰り返していくと、次第に感覚が目覚めて逝くシステムが働きだす。
これこそが逝くための一番の方法と思う。
しかし、そうなる前に以下のタイプの女性は、失敗の方向に向かう。

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こんなタイプの女性は、性格が理由で逝かないのではないかと思う。

疑り深い
プライドが高過ぎる
攻撃的な性格が強過ぎる

疑り深い人は 、自分自身にも疑ってかかっているかもしれない。快感を感じていても、それを快感と感じて受け入れようとはしない。
エッチのシーンでも、その快感に酔う事ができない。
プライドが高過ぎるために乱れる自分の姿を、相手に見られるのが嫌で、自分にブレーキをかける。
さらに、快感を与える男を言葉や態度で攻撃する。

信頼関係がきちんとできていないと、受け入れられないのだろうが、
「疑り深く、プライドが高過ぎ、攻撃的」な性格が理由で、男と人間関係がきちんと作れない可能性がある。
Mの男以外は、こういう性格の女性とは近寄りたくないだろうと思う。