女神
今日のブログは、俺の女神に捧げます。
「女神」と聞いてどんな姿を想像するだろう?
俺は女神に会ったことがある。
今日はそれを書こうと思う。
それは、ずっと前のこと。。。。。
その女性は、俺が最悪の時に現れた。
その時の俺は、、、、、、
ある女性との別れが原因で、俺は「不能」になっていた。
自分が嫌いになっていたし、自分に自信を失っていた。
毎日の自分が、地獄の中を彷徨っているような
そんな気持ちさえした。
失恋が原因で「不能」になるなんて想像もしていなかった。。。。
「不能」になるのは初めての経験だった。
失恋ごときで「不能」になると、想像さえしなかった。
その時は自暴自棄になった。
恋愛の私生活だけでなく、会社での人間関係でも、
友人とも、親兄弟ともうまくコミュニケーションが取れなくなっていった
すべてがうまくいかない
もともと、俺は躁鬱の気があるのかもしれない、、、、、
心理的に深い穴に落ち込んだような気持に追い込まれて、
二度と這い上がれない気分になって
気が付いた時には「不能」になっていた。
このブログを読む人で「不能」を経験している人はどのくらい居るだろうか?
そして「不能」になった事で味わう「恐怖」を知る人はどのくらいるだろう?
よく「闇の中に突き落とされる」といった表現があるが、
それは、俺には闇ではなかった。
自分の一番見られたくない恥ずかしいところ、
見せたくない心の中の矛盾
自分にさえ嘘でごまかしている部分を、
白日の下にさらけ出され、
それを引きずって歩いているような、、、、、、、、
「不能」になった事を誰かに伝えたわけではないが、
語っていないのに、周りの人々すべてに見透かされているように思えて
恥ずかしくて周りの人々と目が合わせられなかった。
特に女性とは目があわせられなかった。
自暴自棄になり、小さなミスを繰り返す。
仕事でもプライベートでもミスが続き、
さらにミスが次のミスを呼ぶ。
負のスパイラルが続き、どこまでも連鎖する。
逃げ場がなかった。
動いてもダメ、止まってもダメ。
ダメの上に次のダメが重なる。
「男でなくなった」ということが、これほど自分を落とすものなのかと、
その意味の重さを感じた。
さらに、周りは気付いているのに、知らないそぶりをして
陰で嘲笑っているように思えてならない。。。。。
「死ぬことよりつらい」という言葉がある。
その状況はまさにそれだろうと思った。
劣等感だけに包まれた日々。
さらに自分のマイナス面だけを引きずって歩き続けることのツラさ
「不能」を抱えて生きることが、これほど「恐怖」なのだと知った。
「これ以上生きていたくない」
「もう、おしまいにしたい」
毎日、そう思い続けた。
そんな生活の続くある日、ある女性と出会った。
正確には文章でのコンタクトだった。
その女性は文章で連絡をよこしてきた。
「知られたらどうしよう!」
怖かった。ただ怖い。
怖さから、俺はその女性を遠ざけようとした。
心を閉ざして、その女性を遠ざけようとした。
初めはその女性は俺の心の中に「ずかずか」と入りこんでくるように感じられた。
それと同時に「優しく」「甘く」「なだめ」ザラついた俺の心を
まるで真綿でくるむかのように包み込んでくれる。
泣き出して、しがみつきたいような欲求を感じた。
普段の俺だったら、すぐに飛びつき、むしゃぶりついたろうと思う。
恥ずかしい話だが、俺はそんな「あさましい」人間だと思う。
しかし、その時は違った。
できる限りその女性を遠ざけようとした。
「不能」であることを見破られたくなかった。
その女性はKと名乗っていた。
今思うと、駄々っ子のように、ひねくれ、ふてくされ、いじけ、
ただの「くそがき」のようにふるまっていたと思う。
たいていの人なら、そんな俺をとっくに見捨てたろうと思う。
しかしKは見捨てなかった。
時にやさしい言葉で、時に厳しい言い方で、
Kは辛抱強く俺の相手をする。
閉ざそうとする俺の心を、優しくくるむように、赤ん坊をあやすように
手のひらでそっと包み込むように、癒してくれた、
優しく心の中に入り込んでくる。
時に自分がKの赤ん坊になって、あやされるようにさえ感じた。
恥ずかしい話、そんな扱いが心地よかった。
自分の母親にさえ、そこまで優しくされたことなどないように感じられた。
子供じゃない、いい年をした、乱暴で、粗野で、
ひねくれ者のただのオッサンの俺を
Kは辛抱強く、優しくし続ける。
「慈悲」とか「慈愛」という言葉を聞くが
実際にそれを体験したのは後にも先にもその時が最初で最後だったように思う。
もしかしたらそういう女性を「女神」とか「菩薩」とか呼ぶのかもしれない。
「女神」
・・・・と俺はその時感じていた。
正直に言って、Kの胸にしがみついて泣き出したかった。
甘えてみたかった。
しかし、そんなことを死んでも言えないとも思っていた。。。。。。
Kのその優しさは普通の優しさではない。
いくら払いのけようとしても、大きな優しさで包み込む。
たいていの人の場合は呆れて投げ出して立ち去ると思う。
しかしKは何度拒否しても、大きなその優しさで包み込む。
女神と表現する以外に、どう呼んだらいいだろうか?
自分が「不能」であることをほどなく俺は告白した。
どんなことがあっても人に言えないと思っていたその事を、
俺は「女神のK」にすがりつくような気持で告白した。
こんなに大きく優しく、包み込んでくれる優しさを感じたことはなかった。
「慈愛」を感じた。
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いつもなら、ここらへんで話を切るのだが、
今日はその人の思い出が俺のなかで俺を動かす。
話が長くなることを承知で、一気に話を最後まで書こうと思う。
女神と俺は会う約束をする。
なぜ?
俺が会いたいと思った一番の理由は、俺のブログの感想だった。
どんな感想だったかここで書いてしまうと、
自分の心の中を暴露してしまうので書かないが・・・・
Kは俺の心の中を怖いほど見抜いていた。
俺のブログの行間から俺の心の奥底まで見抜かれている。
それを感じた瞬間、
「この女性は絶対だ」と感じた。
「この女性に助けてもらいたい」
そう思った。
最後の最後にすがる「女神」だった。
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Kは会いに来てくれた。
そして二人はホテルに行った。
Kは俺を助けてくれる。
そんな言葉をKは言ってくれた。
奇跡が起きた。
Kにたいして失礼にならない程度にKの体のことを書かないと
どうして奇跡が起きたか話にならないので書く・・・・
ホテルの薄明るいブラックライトの中に
Kの白い肌が浮かび上がった。
その美しさに息をのんだ。
吸いつくような柔らかな肌。
豊かな白い胸
女神だ!
そう思った。
俺の心の中を信じられないくらいに見抜いていたK
Kに頼り切って安心しきっていた俺がそこにあった。
その女性を抱きしめられる
完全に復活していた。
「不能」ではなくなっていた。
それどころか、信じられないくらい元気が出た・・・・
衰えないのだった。
信頼できること。
安心できること。
そんな背景があったのが一番だったと思う。
そして白く美しい肌。
その豊かで美しい胸
何もかもに魅せられた。
どこまでも優しい女神を抱けた。
信じられないくらいに復活して、楽しい時間はあっという間に過ぎ去った。
感動なんて安っぽい表現にはしたくないが、
「救われた」
これ以上の言葉が思い浮かばない・・・・・
女神は俺を救ってくれた。
命の恩人だと思っても言い過ぎではないくらいと思う。
そして、何よりブログを書いていた俺の心の中を誰より理解してくれた事に
俺は深い幸福感を味わった。
こんな女性は絶対にいないと、今でも信じている。
そこまで、理解してくれた女性は後にも先にも彼女以外にはいない。
絶対に・・・・
そう、絶対にこの女性だと今でも思っている・・・・
このブログで、女性の快感をテーマに書いているが、
男の快感も同じことだと思っている。
それは
「自分を深く理解してくれている」と相手を信頼できることこそが
「安心できること」こそが、
快感を感じるための重要な要素だと思う。
逝けないで苦しむ女性も、もしかしたらこの要素は重要ではないだろうか?
Kは何よりも一番にそれを与えてくれた。
そして、落ち込んで自信を無くしている俺に、
さらに自分の体まで与えて、俺を救おうとしてくれた
このことが、女神のすること。
そういう発言をしても、決して大げさではないと思う。
事実、その翌日から、俺は自信を取り戻すことができた。
世界には素敵な女性はたくさんいるだろうと思う。
しかし、俺にはKがベストワンだと思う。
女神とのことは、これが最初で最後だった。
俺は愚かにもKの心を愚かな発言で踏みにじってしまった。
大きく傷つけて、悲しませた。
しかも、つい今日まで知らずにいた。
自分を救ってくれた女神を、お礼をするどころか
深く気付つけて、怒らせ、悲しませた。
恥ずかしい人間だと思っている。。。。。
もしKと復活することができたら、、、
今日のブログは、Kというその女神に捧げます。