昨夜のイチロー引退記者会見、1つ1つの質問に対して真剣にその意味を考え、真剣に言葉を選びながら丁寧に答えている姿が印象的でした。
「(ボクの話を)聞いている?」
4,5回は言ってましたね。何でそんなこを……、と思ったけど、たぶん、記者が必死にメモを取っていたんでしょうね。「俺が真剣に話しているだから、ちゃんと聞けよ」と。
あんな記者会、見たことがありません。
記者一人ひとりとその向こうにいる読者と向き合っていた。
あれの受け答えは中学入試の国語に通じるものがあります。出題者が受験生に何を求め、なんと書いてほしいかを問題から読み取る。そして、書き上げた問題を出題者がどう採点するかを再考する。
「ボク、何かおかしいこと言っている?」
イチローも、会見中、何度も繰り返していたでしょう。
さて、そこで、今回はイチローの記者会見に敬意を表して、記述問題をつくりました。出題は、これまで読んだ週刊誌記事の中で5本の指に入る名文。イチローについて書かれた記事の中で一番すばらしい文章です。中学入試に関係ない方も、この名文だけは読んでくださいね。
文章をよみ、以下の問に答えてください。
第一回WBCで、イチローは侍ジャパンを優勝に導き、日本中を歓喜の渦の中に巻き込んだ。この記事はその直後に書かれたものだ。キャッチボールを通して、イチローがわだかまりを拭い去ろうしているしている姿が見事に描かれている。
ここに登場する倉野さんは、イチローが高校時代、野球部のコーチだった。合宿所で野菜を食べないイチローを叱り、殴りつけたことがった。イチローはそのことをずっと恨み続け、卒業後、この日まで野球部のグランドに寄りつくことがなかった、という。
「倉野さん、キャッチボールをやりましょうか」
弓子夫人らが見守る中、二人はベンチの前でキャッチボールを始めた。誰もいない正月の晴れたグランドに、バーンという乾いた音が響いた。
「痛い!手を抜けよ!」
倉野監督が声をあげた。イチローが真顔で速球を投げたのだ。「痛いがや!」。倉野が叫んでも、イチローは手を緩めない。十球、二十球と、真剣な表情で投げ続ける。塁上のランナーを刺す、レーザービームのような速球をイチローは投げ続けた。
顔に当たったら大変だ。
周囲は冷や冷やすると同時に、震えるような思いでいた。イチローが倉野監督との心のしこりを、一球一球ボールに託して投げているかのように見えたからだ。彼はわだかまりを投げている。言葉の代わりにボールを投げている。Aそう見えた。
「週刊文春」(2006年5月11日号) 169 藤吉雅治著<イチロー・ファミリーの秘密「父・母・兄・妻との愛憎23年」>
[問題]
文中の「そう見えた」とは、著者にとってそれがどのよう見えたのでしょうか? 文中の言葉を使いながら、35以内でまとめてください。
[解答]
倉野監督との心のしこりを一球一球ボールを託して投げているように見えた(34字)