昨日は地元で短大の時の同窓会がありました。

今までは父が迎えに来てくれていましたが、今回は自分で車を運転して帰らなくてはいけません。

二時間もドライブすることなどめったにありませんが、何度か旦那さんに隣に座ってもらって運転したことがあるので、行ける自信はありました。
私はもう一人で運転して帰れるよ、と何度も言いましたが、危ないからと父が迎えに来ていました。
過保護と、束縛はセットなのでしょうか?
支配しなくてはいけない、という意識が隠れている気がします。

実家の姉と母が、子供たちと過ごしたいからと実家に連れて行きましたが、私は実家に立ち入りたくなかったので、家の前で子どもたちをおろしてそのまま友達の家に泊まらせてもらいました。

同窓会に行くのも、電車で行くつもりでしたが、友達に、「なんで車で行かないの?」と聞かれて、そういえば、結婚する前に仕事で何度も通っていた道です。行けないことはないのに、何故かな?と思ったら…
そういえば、母に危ないからやめなさいと言われ続けていたからでした。

結婚前は運転することに何も言わなかったのに、子どもを産んでから危ない危ないと言われてやめていたのですね。

母には昔からそういうところがありました。
小学校の時、教師になりたいと母に伝えたら、お勉強頑張らなくちゃいけないのよ!難しいからやめなさい、と言われてやめました。
中学で保母さんになりたいと思った時は、母に相談するのをやめました。
そして、そのまま高校の進路指導で保育科のある大学を調べて、受けさせて下さいと頼みました。
そんな職業やめなさい、とは言われなかったですね。教師より簡単と思ったのでしょうか?
でも、ありがたいことですね。受験費用も学費も出してもらえましたから。

自分で選んだ学校だから、思い入れがあります。楽しいと思う暇もないくらい忙しい2年間でしたが…。
自分で車を運転して、短大のある町を久しぶりに走ったら、独身の頃の自由な気持ちがよみがえってきました。

足や背中に、羽がはえてる気がしました。

同窓会でも、20年ぶりに会う友達は全然変わってなくて、昔話に花を咲かせてとても楽しかったです。みんな公立の保育士さんで、産休育休を経て働いていて、話を聞いているとやっぱり保育所で働きたい、と思いましたが…。
仕方がないですね、こればかりは。

病気が落ち着くまで、復職はしないと決めたのだから。我慢です。

でも、自分で思ったより車の運転は危なくなかったです。安全運転で行けましたし、道も覚えていました。
親からやめなさい、と言われなければ、自信もつくのだな、とこの年になって気がつきました。

実家から離れたことは、自分にとってもよかったのかもしれないです。