(かなり)遅れてきた発達障害日記 -14ページ目

(かなり)遅れてきた発達障害日記

やっぱり人とつながりたいということで、ブログをはじめました。「こうあるべき」っていうのはできるだけ、とっぱらって、正直な気持ちをつづっていきたいと思います。一番の読者は自分なのですけど、読んで、共感してくださる方がいるのはうれしいです。

読んでくださってありがとうございます。励みになっています。

 

今日は、何かがトラウマになっているのか明確にするために、今までの出来事、それに対する自分の反応を書こうと思ったが、自分の感じている「ずれ」について書くこととなった。トラウマについては改めて。いずれにしても、今自己分析することは、かならず今後の人生を豊かにするために役立つに違いない。

 

今まで生きてきて、常に(おそらく)ASD や学習障害などの影響を受けていて、それが対人関係、仕事などに影響を与え続けてきたように思う。ここで、何が自分に影響を与えているのかを明確にし、支援を受けられるのであれば、そうするべきなのかもしれない。自分の認識している世界と、ほかの人の認識している世界は違うように思う。そう言うと、誰もが自分の世界を生きているのであり、自分だけが特別なわけではないと言われるかもしれない。自分がここで言いたいのはそういうことではなく、現実に社会がまわっていくための、共通認識、常識みたいなことである。社会生活を営む上で、集団の中での、共通理解、暗黙の了解と言ったものがあると思われるが、自分がそれを共有していないことが多いのではないかと感じる。日本にいたころは、天然ボケと、よく言われていた。一時期はそれをキャラにしていて、それでよしとしていたような節があるが、今となってはそんなことは通用しない。今でも、自分の言ったことなどに対して、ほかの人たちが苦笑しているようなことが時々あるが、自分の言ったことの何がおかしかったのか、いまだによくわからない。

 

ASD や学習障害などがあって、それが社会生活に障害をもたらしているということもあるし、あるいは社会生活がうまくいかないことがトラウマになり、自信を失って、さらに社会生活を営むことが困難になっていくという悪循環が発生しているのかもしれない。

 

ちなみに、過去に「アダルト・チルドレン」「鬱」について診断、専門家の判断が下されたことはあるが、ほかのことに関しては、専門家の診断を受けたことはない。