T君の夢を見た。T君は、小学生のときの同級生だった。背は低く、眉毛は太く、目は細目で、いつもどもっていた。それでいじめられていたかどうかはよく覚えていないけど、なにか守ってあげなければならないような、そんな雰囲気があった。
今朝の夢で、自分はT君が亡くなったことを知る。わりと自然死とか、そういう類の死因だったと思う。周囲の人たちは、自分が、T君が、小学生以来の知り合いだったことを知らなかった。とになく涙が止まらなかった。
そういうところで目が覚めた。目が覚めるときに、自分は弱者とともにあり、弱者を助けるために行きたいと、子供心に心を決めたことを思い出した。そうやって決めたことは、実はすべて実現している。今の国に住むことも、中学生のときに、はっきりとイメージを浮かべて、「住む」と担任のG先生に見せる日記に書いた。
近年、自分自身で自分の弱さ、足らなさに焦点を当ててしまい、自己憐憫に陥りがちだが、そういう「使命」または「初心」に焦点を合わせると、そんなことは、たいして重要ではない気がする。「使命」が力を与えるというのは、カルト時代に、実は学んだこと。あの時代のことは、なにもかもが無駄だというわけではなかったのだと感じる。
