料理の記憶 36 「焼鳥編」 澄店の一日 ②
「テーラーさんが来てくれてたんですね。」
私はピークが収まり、焼き台に数本しか載ってない状況でクドテンさんに話しかけた。
「近藤くんの電話番号知らないし、3時くらいまで待ってみたんだけどね、全然来る気配がないからテーラーに電話したのよ。」
「すみません。」
クドテンさんもお店が少し落ち着いてきたようで、話を続けた。
「そしたらテーラーは自分が行きますって言ってくれて、とりあえずなんとかなったよ。」
「せっかくの休みをなくしちゃったんですね。ぼく。」
呆れてしまう。自分の不甲斐なさにがっかりする。
やっとほかのお店にヘルプに行く事ができるようになったのに、初日でこの大失態をしてはテーラーさんに合わせる顔がない。慰安旅行では否定しながらも、結局受け入れてくれたわけだし、信用してもらうのはこれからってときなのに..
「まぁ、後できちんと謝ったほうがいいよ。テーラーも一生懸命仕事してるから、澄店を盛り上げようってなってるし、今は焼き手だけど、暇な時どんどんホールに出たりしてお客さんに顔も覚えてもらったりもしてるよ。」
「そうなんですか。そんなことまでしてるんですか。焼き手なのにホールに...」
そんな事考えたこともなかった。
私は一生懸命焼き鳥を焼くのが社員の仕事だと思っていたけど、それ以外にも色々あるのかな。
それとも小規模のお店だからなのかな。
私のいる一の店で、焼き手がホールに出ることは滅多にないけど。
「さぁ、近藤君。まだこれからだよピークは。お土産も来るし、遅れた分しっかり働いてよ。」
「はい。がんばります。」
「やる気で。」
「ん?ああ、はい。やる気です。」
クドテンさんがその言葉を言った10分後にはお店は第2のピークを迎えていた。
電話が鳴り、お土産30本40本と注文が入る。
夜7時ごろから訪れるピークは早い時間と違う。
客層がぐっと若くなり、カップルや仕事終わりの建設系、いわゆるガタイのいいひとたちが多い。
ビールの飲む量も早い時間帯とは大きく変わりホールの仕事も忙しくなる。
もちろん私の担当する焼き場も忙しい。
当時の澄店は店長と社員そしてアルバイトが2名いた。
社員は主に焼き場担当。
店長はホール兼レジ、電話注文担当など。
アルバイトの一人はホールの接客。
そしてもう一人は洗い場兼ネタだしである。
洗い場とネタ出しを担当してくれるアルバイトと焼き場の私はタッグを組むことになる。
基本的には一の店とやり方は変わらないが、お互いに初対面であるため気を使う。
特にアルバイトの方が私に気を使ってくれているのがわかる。
バットに置かれた生の状態の焼き鳥を、一つ一つ説明してくれるのだ。
「これはお土産です。」
「これは2名です。こっちが4名です。」
「このバットは追加注文のやつです。」
「ありがとう。凄いですね。キチンと説明してくれて助かります。」
アルバイトは洗浄機のない洗い場で油とアルコールをきちんと洗いながら、私の焼き方を見て状況判断をしてくれている。
オーダーを小分けにして出すか、いっぺんに出すか。そのタイミングを見ているのだ。
「いや、当たり前ですから。これ失敗するとテーラーさんに怒られちゃうから。」
「ああ、そうなんだ。厳しいの?」
「まぁ、確かに厳しいですけど、でもちゃんと理にかなってるんですよね。なんかテーラーさんが来てからお店の雰囲気も良くなりました。みんな一致団結してるって感じで。」
なるほど。そういうこともあるんだなぁ。一人の社員が代わってお店の雰囲気が変わるのか。
私の店はどうなんだろうか?私とドイちゃんが社員で入って雰囲気は以前と変わったのかな?
よくなったのだろうか。。
「近藤さん。」
「ん?」
「近藤さん違います。それ塩じゃなくてタレです。」
「ああ、ごめん。はい。タレね。えっと、こっちは何だっけ?」
「それはお土産分です。あれ?鳥串はどこにいったんですか?」
「え?鳥串?ああ、さっきの2名に出しちゃった。」
「ええ?じゃあ早くこの鳥串を焼かないとお土産間に合わないですよ。」
「ああ、そうか。えっと確かこっちがお土産分だったか。間違えちゃった。」
その様子を見ていたクドテンさんはアルバイトに「大丈夫?」と聞いていた。
その時アルバイトがどう答えたのかは聞こえていない。
そして突然、クドテンさんがホールの方から焼き鳥の乗ったお皿を持って帰ってきた。
「あれ?なんですかこれ?また間違えてました?」
お皿に乗っかっているのは豚串とアスパラ巻きだった。
しかし、そこにはそれぞれ1本ずつしか乗っていない。
「あれ?1本ずつしかないですよ?ちゃんと2本ずつ出しましたよね僕。」
クドテンさんはちょっと困った顔を見せながら私にこう言った。
「あのね、テーラーがあの後着替えて食べてるのよ。」
「え?」
「それでね。テーラーはもういらないから近藤君に食べさせてあげてほしいっていうのね。」
「え?自分の焼いた焼き鳥をですか?」
「そう。食べればわかると思うからって。多分あいつは自分がどんな焼き鳥を出しているのか気がついてないっていうんだよね。ちょっとさ食べてみてくれる?」
「今ですか?」
「そう。今。焼きたてのやつ。」
レジの奥から声が聞こえてきた。
「おい、コンドウ。お前いいから早く食べてみろそれ。」
声の主はテーラーさんだ。
「お前自分が出してる焼き鳥の味知らないだろ。俺のおごりだから食え。」
「あ、はい。わかりました。食べます。」
私は焼き場にしゃがみ込んで自分の焼いた焼き鳥を食べてみた。
見た目は焦げていなくて、一見普通の焼き鳥に見えるが...
豚串を食べてみる。
あれ?なんか味がしないな。味が薄いな。あとなんかぼそぼそする気がする。あれ?なんだろこれ?
そしてアスパラ巻きを食べてみた。
あれれ?これも味がしない。なんでだろう?塩を振り忘れたわけでもないのに。おかしいな。
なんか自分がイメージしていた味と違うな。う~ん。なんだろうか。
「美味くねーだろ。」
「え?」
「お前の焼き鳥、美味くねーだろ。」
「あ、あの...」
「あのな、お前の焼き鳥は美味しくないんだよ。お前自分でわかってなかっただろう?」
「え?俺の焼き鳥は美味しくない...」
「お前な、今までずーっとそれで出してたんだよ。お客さんに。わかる?」
「え、でも何回か自分で焼いて食べたこともありますけど...」
もちろんだ。焼き場に立った時から練習して、何度も何度も自分の焼いた焼き鳥を食べている。
その時に教えてくれたタックハーシーさんや課長だってほかの社員だって食べている。
その時はこんなに不味くはなかった。
「それはな、自分が食べるからだよ。自分で食べようとかこの人に食べてもらおうとか思って焼いているから、自然と丁寧に扱うし塩振りもしっかりする。だけどな営業の時のお客さんに出す焼き鳥は忙しくて、慌ててて、お客さんの顔も見れてないから雑になってんだよ。わかるか?」
「...こんなに違うんですね...」
「そう。だからな、クドテンさんに俺が食べるって言わないでくださいってお願いして、通常のお客さんと同じ味を食べてみたんだけどな、はっきり言うぞ。美味しくない。自分で食べてわかるだろ。美味しくないよ。」
本当にテーラーさんは私にはっきり言った。
私はその言葉よりも自分が焼いた焼き鳥の味にショックを受けていた。
でも...
「でも、お客さんには言われたことないです。美味しくないなんて言われたことないです。」
「そりゃいわねーよ。なんでお前にいちいち言うんだよ。あのな、お客さんってのはちゃんと見てるぞ。例えば今日の焼き手が代わったとか、いつもいる人じゃないとか、ちゃんとわかってるぞ。」
「え?」
「わかってねーのはお店側のほうで、気が付かないんだよお客さんの変化に。それでいちいち知らない顔のお前に言うわけないんだよ。例え言ってくれる人がいたとしてもそれはお前にじゃなくて、多分後日、クドテンさんか俺にだな。」
「はぁ...」
「そういう言ってくれるような常連さんはありがたいけど、そうじゃない一見さんだっているんだからな。そういう人はどう思う?お前の焼き鳥食べて、ああ、このお店は美味しくないお店だな。じゃあもう来るのやめようってなるんだよ。」
「はい...」
クドテンさんが割って入る
「まぁまぁ、今日はそのくらいで。わかったよね近藤君も。」
「...はい。」
「まぁ、とりあえず、今日頑張ってくれよ。ってか今日だけじゃないんだからな。これから俺が休みの日は毎回来るんだろ?頼むぞ本当に。」
「...はい。お休みの日にご迷惑をおかけしました。」
「おう。じゃあな。クドテンさん。では僕はこれで失礼します。」
「お疲れで。」
「お疲れ様でした!」
アルバイトから大きな声が出る。
「ありがとうございました。」
私の声は小さかった。
テーラーさんはそのままお店を出ていった。
「まぁ、いい事教えてもらえたんじゃない?」
クドテンさんは私をなだめるようにして言った。
きっと、テーラーさんは私に伝えたかった事が沢山あったのだろう。
きっともっと言いたいことがあったのだと思う。
それをどうしたら私に一番伝わるのかを考えてくれて、こういう形にしたんだろう。
ショックだった。
自分の焼き鳥が美味しくないことはショックだった。
そしてテーラーさんが私に対してただ単に厳しいとだけしか私は思っていなかったのに、そうじゃなかった事もこの時知った。
あまりにも突然の出来事に、私の頭は整理がつかず、その後の焼き鳥はバラバラになってしまった。