料理の記憶 29 「焼鳥編」 慰安旅行 | たっくのブログ

料理の記憶 29 「焼鳥編」 慰安旅行

平成11年

焼き鳥店の11店舗目がオープンしたころ、日本はノストラダムスの大予言に怯えていた。

世界が滅亡すると言われていた7月が近づくにつれてメディアは特番を連日放送し、視聴率を集めていた。

こういったオカルト的なものを、研究者たちが真面目に討論し、それを真剣なまなざしで見る国民は嫌いじゃない。

みんな、何処かで半信半疑な気持ちを持ちながらも、ノストラダムスについてよく知っていた。

 

滅亡と言われても、天災なのか人災なのか、どこがどうなって滅亡といわれるのかわからないまま、兎に角7月が無事に過ぎることを祈っていた。

メディアの悪いところは不安を煽るところだ。

話を膨らませて、視聴者の不安や恐怖を煽り続けたため、こういった番組は現在ほとんど見なくなってしまった。

お化けや妖怪の類も同じで、見えないものに対してこれは怖いんだという不安を煽り、それを視聴率の餌にしていた。

 

今ではすっかり恐怖を与えるような番組がなくなってしまい、妖怪などは姿を消した。

しかしその中でもそこまで恐怖を感じない妖怪たちは生き残っている。

河童や天狗、座敷童などが良い例だろう。

科学がどれだけ進歩していこうとも、人の記憶が受け継がれていくうちは、妖怪やお化け、占いなどがこの世からなくなることは無いだろう。

 

そして

この年、会社の慰安旅行があった。

対象はアルバイトを除くすべての社員である。もちろん私も対象となる。

11店舗の社員と課長、部長、常務、専務、社長。さらには本社事務所の社員、焼き鳥部門以外の社員全てである。

つまり、かなり大人数を対象とした年に一度の慰安旅行を1泊2日で行う。

この日はすべての店舗を休業にして、運転手付きの大型バスを数台レンタルする。

行先は「登別温泉」であった。

 

こんな大掛かりな行事があるとは私も直前まで知らなかった。

大晦日と元日以外に休日がない焼き鳥店を休みにして旅行に行くなんて想像もしていなかった。

 

どうやら話を聞くと会社が大きくなるにつれて社員を全員集めることが困難になってきているらしい。

この年で最後の慰安旅行にすると言っていた。

社員になったばかりの私は、ギリギリセーフで参加が認められたことになる。

私の後に入ってきた社員は慰安旅行の事すら知らないだろう。

つまり私にとって最初で最後の慰安旅行となった。

 

楽しみなのか、楽しみじゃないのか、気持ちは微妙だった。

他の店舗の事は本店以外知らない。もちろん社員がどれだけいるのかも知らないし、名前すら知らない。

そんな会ったこともないような人たちと、旅行に行って楽しいのだろうか?

私は少し不安を感じながらも参加を決意した。

まぁドイちゃんもいるし、他の先輩方もいるし、なんだったら一の店から転勤していった先輩方にも久しぶりに会えるだろうと、そんな気持ちで臨んだのである。

 

集合場所にバスがやってきて私達は乗り込んだ。

そこに座るや否や、全員に缶ビールが配られる。

え?という暇もなく、まだバスも出発していないのに「かんぱ~い!!」という一斉の掛け声があがる。

え?え?という暇もなく各々缶ビールを空けて、飲み始めた。

え?え?え?という暇もなく、次の缶ビールが配られ始めた。

札幌の街中を出発したバスは一つ目の信号に差し掛かるあたりで2本目の缶ビールが空けられた。

 

「おい!飲んでるか!」

 

誰かわからない人が私に話しかけてきた。

 

「お前飲めないわけじゃないよな?」

「あ、いや、はい。飲めます。」

 

「じゃー飲め!」

そういって私のもとに3本目の缶ビールがやってきた。

 

「まだ、出発して5分くらいですよ。大丈夫なんですか?」

「何がだ?」

「あ、いやペース的に飛ばしすぎじゃ…」

「いいから飲め!」

そういってまた缶ビールを取りに行こうとする誰かわからない人はどこかへ行ってしまった。

 

これはマズい。これは大変な行事に参加してしまった。と開始から10分もたたないうちに私の不安は後悔へと変わっていく。

 

バスの一番先頭の座席には大きなクーラーボックスがいくつも置かれていて、中にはスーパードライしか入っていなかった。

私はまずは冷静に、落ち着かないと札幌市を出る前に潰れてしまう。

そうだ、知り合いはいないのか?ドイちゃんは何処へ行った?

私は席を立ち、見慣れた顔のドイちゃんを探すと後ろの方にいることがわかった。

少し喜びを感じながら、私がドイちゃんの方へ向かうと、ドイちゃんは全然知らない人たちに頭を撫でられ、叩かれ、爆笑されていた。

 

「こいつがドイか。なんだこいつおもしれーな。」

数人の知らない社員に囲まれバシッ、バシッ、と意味もなく頭を叩かれている。

私はその場に立ちすくんだ。

 

「ああ、ドイちゃん。。」

 

笑顔にもなれず、苦い顔をしたドイちゃんを背に、私は元のいた席に戻った。

頑張れドイちゃん。俺も頑張るから。と心の中で叫んだのだった。

 

 

つづく