料理の記憶 28 「焼鳥編」 本店2
この焼き鳥チェーン店の本店には様々なお客様が来店する。
通常のお店であればよほど目立ったお客様ではない限りいちいち覚えていることはないが、何せ主張が強い人が多い。
さらにはいつも同じ席に座っていつも同じものを注文するから、これが昨日だったのか、あるいは今日だったのか記憶が曖昧になるときがある。毎日デジャブを見ているような感覚になる。
本当にだらしなくていつも酔っぱらっていてどうしようもないお客様であっても、たまに1日来ない日があれば不思議と心配になる。それは私たち従業員だけが心配になるわけでもなくて、他の常連客も心配する。
「あれ?○○さんどうしたの?」といった風にお店に来店するや否や、ポカンと空いた席を見つけて常連客同士で情報提供を出し合うのだ。
「○○さんは昼間あそこで見かけたよ。」
「あの人今日は娘さんが誕生日だから早く帰ったんじゃない?」
「ああ、そうか。それで今日来てないのか。」
「娘さんいくつだっけ?」
「確か今度大学に上がるとか言ってたなぁ。」
「ええ!?娘さん?私には息子だって言ってたよ。」
「そんなこと言ってないよ~。○○さんが間違ってるんだよ~。」
ざわざわ…
こういった風に常連客同士の情報提供により、そのお客さんの安否は確認される。
いつもお酒を飲んで喧嘩している同士であっても、このお店を中心としてすべてがうまく成り立っているのだ。
そして
何度も言うようだがこのお店は狭い。
焼き場は80センチ弱ほどしかなくて、一度に焼ける量は決まっている。
通常営業にさほどの影響はないが、一日に何度かお持ち帰りの注文が入るときがある。
例えばこれからススキノにいくためのお土産であるとか、家に持って帰るためのお土産であるとか理由は様々だが、そういったお土産の注文が入る場合、通常よりも大量の本数を頼まれることが多い。
30本、50本などはよくある話で、たまに100本などと注文される時はビビる。
何分で焼けますか?と聞かれてもそもそもこの焼き場の広さに100本の焼き鳥を焼けるスペースがない為、何分で焼けるのかなんて私に聞かれてもわからないよ。と言いたいところだが、そんなことも言えない。だからある程度適当に30分で、40分でと伝えるようにしていた。
単純に考えて、1本何分で焼けて、それが何本焼き鳥のバー(焼き鳥を焼く台)に乗っかるのか分かれば簡単でしょ?という人もいるが、そう単純な話でもないのだ。店内客の注文。焼き鳥を冷蔵庫から出す時間。ネタによって焼き時間が様々であるということ。炭の強さ。などその時の状況によって焼き時間は大きく変化するため、いきなり大量の注文が押し寄せると焦ってしまう。
つまり、この時の私の実力はそのぐらいのものであった。
これが、熟練になるとビタッと時間を伝え、仕上げることができるようになる。
すべては経験に限るということになる。
大量注文に焦った私は、冷蔵庫の焼き鳥を出し間違えたり、本数を数え間違えたりし始める。
さらには床に落としてしまったり、挙句の果てには焼き鳥を焦がしてしまったりするようにもなる。
また、店内の冷蔵庫の大きさにも限界があったために、野菜串などはカウンター席の上に籠をぶら下げてその中に入れていた。
私はそれを慌てて出そうとしたものだから、籠が大きく揺れ始めて中に入っていたしし唐やしめじなどが上から落ちてきてお客様の頭に刺さるという事故も起こしてしまった。
「いてててて!」
「あああ!すみません!」
まさかお客様も気持ちよくお酒を飲んでいて頭に焼き鳥が刺さるとは思ってもみなかっただろう。
私も大きく謝りはしたが、頭にしし唐やしめじが刺さっている光景を見て少し面白かった。(不謹慎であることは重々承知しております。)
色々と大変であったが営業時間の終盤に少し忙しさも落ち着いて、自販機へジュースを買いにいくと、路上でパフォーマンスをやっていたピエロらしき人がメイクはそのままで私服に着替えて座っている光景を見てしまい、とっさに「お疲れ様です。」と声をかけてしまった。
その後缶コーヒーを飲みながら失敗を思い出し、お互い同じタイミングでため息をつき振り返り、目が合って笑ってしまった。
きっとあのピエロもそんな気分だったのだろう。
あまり触れていなかったがこの時の本店の店長(ムラさん)もインパクトがあった。
飄々と仕事をこなし癖のある住民たちも軽くあしらう余裕もあった。
当時、売り上げも文句のつけようがないくらい上げていたし、お店の雰囲気も悪くなかったため、問題ないように見えたが実際はそうでもない。
というのもムラさんは超ヘビースモーカーで1日に3箱以上の煙草を吸う。
それは営業中であろうが満席の状態であろうがお構いなしで、レジ横の灰皿に必ず火のついた煙草が置いてあった。
当時はまだ「禁煙」などという概念はなく、さらにはお客様の前で接客しながら煙草を吸うことに違和感がなかった。少なくとも本店にはなかったのだ。くわえ煙草さえしなければ良い、みたいな雰囲気である。
煙草に火をつけて吸い始めた時、お店が忙しいものだからすぐに注文が入る。
ムラさんは吸いかけの煙草を灰皿に置き、生ビールやお酒などを配膳する。
お客様の注文が長引くと見る見るうちに煙草は灰になり、ムラさんがレジに戻ってきた頃には消えかけている。
ムラさんは「もう、ホントに。。」と呟き、ゆっくり煙草が吸えないじゃないかと言わんばかりに新しい煙草に火をつけていた。
焼き場の人も同様で、火ばさみでつかんだ炭を使い煙草に火をつけて、炉の手前を置き場として使い焼きながら吸う。
吸い終わった煙草はそのまま焼き場の炭の中に入れて燃やしてしまう人もいた。
ムラさんは煙草を吸う時、必ず缶コーヒーが必要になるらしく営業中だけで4,5本飲んでいた。
缶コーヒーをレジの上に置き、灰皿に煙草。というのがムラさんのスタイルであったが、ある時レジ上に置いてある缶コーヒーが倒れてしまいコーヒーまみれなってしまった。
レジのような機械にコーヒーが侵入してしまうと一発で故障するらしく、数十万するレジは新しく買い替える事になった。
上からお𠮟りを受けたムラさんは反省したのかレジの上に缶コーヒーを置くことは無くなり、灰皿と一緒にレジ横に置くようになったが、結局倒れてしまったらレジにかかる位置にあった。
すっかり私も本店の空気になじんでしまい、月に15日も出勤すると常連客は焼き場の人が私に変わったんだと思ってしまっていた。本店は本店なりの人情にあふれた良い店であることは確かだが、若干20歳の私にはやはり一の店のような若さと活気のある店舗の方が良いと思っていた。
多分このまま本店に居続けることになっていたら、早々に退職していたかもしれない。
どのお店も焼き鳥を焼いて、接客をするのは変わらないが、それ以上にドイちゃんやテーラーさんツチテンさんタックハーシーさん、課長との出会いの方が魅力的なことだった。
この後、さらにそういった出会いが広がっていくことになる。
当時、自分の働く一の店と本店しか知らなかったが、10店舗すべての社員が一堂に会するイベントが行われる事になる。
その話は、また次回ということで。