料理の記憶 20 「焼鳥編」 面接
「あ~、少ししゃべりすぎたかな。え~とね、じゃあ志望動機は?」
「はい。今までの飲食経験を生かせると思いました。あとは昔から食べてた味を思い出して、私も焼き鳥を焼きたいと思いました。」
「昔から?それいつ頃?」
「お持ち帰りの容器に紐がついていて、それを引っ張ると冷めていた焼き鳥が温かくなるのを覚えています。それってここのお店のやきとりですよね?」
「随分と前の話だね。どうして知ってるの?」
「その焼き鳥をススキノで働く水商売の女の子に持っていくと喜ばれると、大変な噂でしたので。有名ですよ。」
「ん?あんた歳いくつだっけ?」
「19歳です。」
「ふ~ん。あっそ。」
私は札幌の町中にある焼き鳥店に面接に来ている。
19歳になり、いまだに職を転々としていた頃、早々に結婚をしていたのだが職は落ち着くことがなかった。
ラーメン店、寿司店、スーパーの鮮魚店などこれまでは飲食業を選んでいたが、1年前に少しそれが嫌になってパチンコ店で働いた。
15歳から働いていた私にとって18歳という年齢は、職業の種類でいえば大半の基準をクリアできる歳でもあった。
まぁそれでも学歴がないのだから、職種は力仕事か水商売など絞られた。
パチンコ店ではお客さんの出玉を運んだり、パチンコ台の不具合を直したり、新装開店ともなれば徹夜でパチンコ台の交換し試し打ちのテストなどを行った。中でも特化していたのは1日数回行われるマイクパフォーマンスであった。
「いらっしゃいませ~何番台スタート!」などとノリの良い音楽に合わせて、店内中に響き渡るようにマイクで声を出す。
最初は緊張して何を話したら良いのかわからなかったが、慣れてくると実況リポーターのようにスラスラと言葉が出てきた。
仕事は楽しいことは楽しいのだが、生活は荒れていた。
パチンコ従業員の休憩中の会話となると、約9割がパチンコの話で、あそこの店舗がよく出るとか、昨日は勝った負けたと一喜一憂する。ひどい人ともなれば借金を抱えて頭が回らなくなっている人もいたし、残金3000円しかなくてもパチンコ店へ足を運んでいる人もいた。
私も例外ではなかった。
その環境にいると、すっかり自分ものめりこんでいて、前妻には多大な迷惑をかけたりしていた。
これでは人間がダメになってしまうと思い、職を変えることにした。
とは言え、飲食店にはつらい思い出がある。
寿司店の日常は過酷なものであったし、またそれを一から始まるのかと考えると気が引けた。
その当時の飲食店といえば月給の安さが当たり前だった。
一人前になれば手に職が就き、自分のお店を持てたりするのだから、見習のうちはとにかく我慢が基本であった。
かと言って結婚して妻をこれから養おうとする私にとってはもう少し給料の良い所はないかと探したところ、この焼き鳥店に辿り着いたのだ。
求人広告にあった「月給手取りで24万円」は魅力的である。
寿司店の頃は9万円、鮮魚スーパーの頃は13万円と比べると夢のような金額であった。
面接では色々と志望動機を並べたが、はっきり言って一番は給料である。
そんな思いで面接に望んだのである。
「...で、あんたはお子さんはいるの?」
「いえ、いません。」
「今はいませんがいずれはと思っています。」
「そうだね~。まだ年齢若いけどね。」
「私のところなんかね、双子がいるんだよ。二人同時だから色々と大変で、この間もね二人同時に泣き出しちゃってさ、あれね伝染するのかな。それとも双子だからやっぱり同じタイミングで泣きたいって思うのかな?」
「はぁ…どうでしょうか?」
「それでね、おむつかな?って思うじゃない。それもさ二人同時にだから先に二人ともおむつを確認して処理すべきかそれとも一人ずつやった方がいいのか悩むんだよね。わかる?」
「いや・・・ちょっと、わか・・」
「わからない?あのさ、一人ずつやるとするじゃん、そしたらもう一人は泣きっぱなしになるわけでさ、かわいそうじゃん。だけど二人同時におむつを開けるとくさいのも2倍になるし、なんかついたまま放置しておくと足についたりするし、いやだよね。だから結局一人ずつになるのよ。」
「はぁ・・・。」
「僕はさ、その時ってなんだかわからないけど先に生まれたほうからやっちゃうんだよね。無意識なんだけどね。不思議だよね。この間なんて…」
長い!
長すぎる。
面接がこんなに長時間かかるとは思わなかった。
確かお昼の2時から始まっているけど、さて、今何時頃だろう?
チラチラと時計を探すが見当たらない。
私が少しソワソワしたのには理由があった。
この日はもう一件面接を控えていたのだ。
長く見積もっても30〜40分くらいだろうと予想した私は多く時間を取り、1時間半後に次の面接を予定していた。
しかし、最初の面接がこうも長くかかるのであればもしかすると間に合わないかもしれない。さて、今は何時だろうか?
「おはようございま~す。」
「お・は・よ・う!!」
面接官の甲高い声にビクッとしたが、どうやらアルバイトが出勤してきたらしい。
ん、まてよ?確かこのお店は夕方の4時半にオープンするはずだ。
そこにアルバイトが来たってことは、まさかそんな時間なのか?
「...それでね、最近ママさんバレーを始めて主婦たちに交じってやってるんだけどそれが面白いんだよ。あんたもやってみたら?」
「あ、いえ、バレーボールはそれ程興味がないので...」
「あっそ。まぁいいや。とりあえず結果は後日連絡します。待っててください。以上!」
面接官はバタンと事務所の扉を閉めてどこかへ行ってしまった。
そうするとすぐに「アーアー!!」と甲高い雄たけびのような声を発していた。
なんだ?最後の「アーアー」ってのは?
ダメってことかな?こんなに時間かけてまさかダメってことじゃないよな?
時間を見ると既に4時を回っていた。
私にとって2時間以上の面接は初めてだった。
お店を後にする頃にはドッと疲れが押し寄せてきて、完全に時間を過ぎてしまっている次の面接会場に行く気が起きなかった。
まぁいいや。。。
それから数日後
焼き鳥店から電話が鳴った。
「あ~もしもし。コンドウさん。焼き鳥店だけど。今回ね、条件付きでよければ採用します。」
「あ、え?はい。ありがとうございます。あ、でもその条件って何ですか?」
「あのね、今回募集にめちゃくちゃ応募が来たのよ。あなたそれの最後だったわけね。でね、本当は2人しか採用しないつもりだったんだけど、5人選ばせてもらったの。あなたその一人ね。」
「でね、その5人の中から仕事ができる2人を社員にすることにしたの。」
「はぁ」
「だからね。残りの3人は社員になれないわけよ。アルバイトなら働き続けてもいいけどって条件。それでもいい?」
なんと、採用になったと喜んではいられなかった。
つまりは能力のテストがあるということだ。これも私にとっては初めての経験であった。
自分がどれ程、焼き鳥店の仕事ができるかわからなかったが、他に目ぼしい仕事があるわけでもないし、とりあえず採用してもらった仕事を頑張るしかないなと考えた。例え2人に選ばれなくてアルバイトになったとしても、それはそれでいいや。とも思っていた。
「はい。大丈夫です。よろしくお願いします!」
「あっそ。じゃあ明日から来てね。よろしく~。」
すぐに電話が切れた。
何だか面接のときからよくわからない人だったが、まぁとりあえず良しとしよう。
こうして、笑いあり涙ありの焼鳥編は始まるのであった。
つづく