日本の心 「山川草木料理 須多」
夏の洞戸は緑が多い。
近頃雨が続いたせいか、木々たちはみずみずしく、同じ緑色でも濃いのと薄いのとあって、目を楽しませてくれる。
板取川では鮎釣りが盛んに行われ、川の水が釣り人たちの腰まで浸かっている。
処暑も過ぎた頃だが、秋を感じるのは日が落ちてからになりそうだ。
私は5度目の暖簾をくぐり、山川草木料理「須多」に着いた。
「また、ここに来れた。」
私にとってこのお店は宝物のような場所で、自分へのご褒美だとかいうには、勿体ないくらい大切なお店だ。私の言葉では学がなさすぎるが、ここには日本の心があると思う。
そして、何よりも須田夫妻に会えることを妻共々楽しみにしている。
私たちのお手本となる夫妻がここにいる。
何を見ても、どれをとってもかっこいい。
ため息が出るほど美しい。
私は「間」が大好きだ。
それとそれの間にある「間」が、それを引き立て、余韻を作る。
ぎゅうぎゅうと詰められてしまうと、息継ぎの仕方がわからなくなるほど疲れてしまうので、私は「間」を探してしまう。
グラスに入っている氷の音が残暑を和らげる。
「ああ、須多に来たなぁ」と緊張が溶けていく。
特別な日になる。
私がそう確信するのも無理はない。
今日は歴史的な瞬間を目撃する日でもあるからだ。
イタリアミラノに「ジョイア」というお店がある。
そのお店はビーガン料理でミシュラン1つ星を獲得した、革新的なお店で、そこでシェフを務めるサウロさんが日本料理と文化に大変興味があり、本を見ながら独自に日本の事を勉強をしていたという。
そのお店にアルケッチャーノで有名な奥田シェフのお弟子さん、ハヤオくんという日本人が働く事になり、益々日本に興味を持ったそうだ。話によれば、発酵食品を自分で作り、お店の賄いには味噌汁が出るほどだという。
お味噌汁は作るのが面倒でほとんど飲まないという日本人が増えているというのに、どういうことやら。
そのハヤオくんと知り合ったのが、私もなんどもお世話になったビーガン料理の本道佳子さんである。
もっと日本の事を知りたい、学びたいという気持ちがサウロさんの中で盛り上がり、夏休みを利用してハヤオくんと共に来日した。
ただ、観光に来たわけではない。
日本の心を学びたいのであれば、本物を学ぶべきだとなり、須田さんのところにたどり着いた。
ここには日本の全てがある。
私も知らない本当の日本の心を学び、それを私たち日本人に伝えるため、サウロさん、カトリーナさん、須田さん、本道さん、ハヤオさんの5人でコラボ懐石を作ることになったそうだ。
そんな面白そうな事を見逃すわけにはいかない。
イタリアンと懐石、そしてビーガン料理がどう組み合わさっていくのか、楽しみすぎてどうにかなりそうだった。
「懐石では椀物がメインに当たるんですよ。」
そう教えてくれたのは周りの人から先生と呼ばれている人だった。
私は食べることに生きがいを感じている人間だが、相変わらず懐石の「か」の字も知らないが、今日はこの先生と呼ばれている方がいたおかげで、楽しみ方も大きくなった。
やはり、知っているのと知らないのとでは楽しめる量も違う。
ちゃんと順番があり、それには意味があり、知っているもの同士によると、「おお。こう来たか」「なるほどこういう事か」「これはどうですか?」「こうしてみました」と会話になるらしい。
私に至っては、このお月見のような椀物を頂いていると、中からキノコが出て来てびっくりして、あれ?下に隠れてあったのか?それとも中から現れたのか?須田さん凄いよ美味しいよと驚いているだけである。
ナスとズッキーニをローストしトマトソースで絡め、松の実が添えてある。
おお、ここにイタリアを感じるぞ。
これがサウロさんか?と思っていると、「いえいえ、これはハヤオくんの料理です。サウロさんは先ほどのお味噌汁ですよ。」
なんと、イタリア人のサウロさんがお味噌汁を作り、日本人のハヤオくんがイタリア料理を作っていたとは、なんとも面白い。
この料理は本道さんだな。
ざわざわとざわめきが起こるのも本道さんの料理の特徴である。
出雲で取れたバラの花に梨と生姜を包んで食べる。
「バラ!?バラってバラのバラ?」と驚いたのは私の二つ隣にいた男性である。
確かに驚くのも無理はない、バラの花が食べられると子供の頃から教わっていたなら、学校帰りにそこらの薔薇から一枚二枚と花びらを取り、おやつにしていたに違いない。
スーパーで買い出しのついでにお花屋さんに寄って、昨日は赤を食べたから今日は黄色にしようかしら、うちの人大好物で、、などと言い主婦たちを楽しませているはずだ。
私も本道さんに出会って初めて食用バラがある事を知った。
私の中でダントツはこの生麩だと思う。
そしてこの料理は間違いなく須田さんだと思う。
コラボ懐石と言いながらも、きちんとそれぞれが個性を出してくる。
そしてそれが食べる人の、目も舌も楽しませてくれる。
来てた人たちと配膳する須田さんの奥さんのおかげもあり、皆さん固くならず終始楽しい食事である。
焼いた椎茸に潰したコーンと、一度凍らせた凍みこんにゃくが乗っている。
右側の豆のようなものは一体なんだったのか聞きそびれてしまった。
多分枝豆を使っているのではないかと思われる。
そうめんカボチャ(金糸瓜)と赤タマネギのマスタード和え
初めて知ったが、これは箸洗いというもので、薄い汁のようなものに箸を入れぐるぐると回し洗い、それを飲み干す。これも先生が教えてくれたのでわかった事だ。
なるほど、、ということはそろそろ終わりが来ているよということなのか。
最後に漬物とご飯を頂く。一度の懐石にご飯は3度頂くことになり、最初は炊きたて、次に次にと少しずつご飯を冷ましていき、お米の甘さを徐々に感じていくことができる。
カトリーナさんが作ったビーガンティラミスと本道さんのトマトデザートが登場した。
実はこのトマトは蘭越の宮武さんから送られて来たものらしく、まだ、市場には流通していない特別なトマトである事を前日に宮武さんから聞いていた。
確かに美味しい。
甘いんだけど、甘すぎなく、口の中にトマト臭さが残らないため、デザートにも使えるというわけか。
そして
お菓子とお茶で締める。
実に、最高である。
この空間に居られることだけでも幸せなのに、美味しい料理とお茶を頂けるなんて、実に最高だぁ。
盛大な拍手とともに、歴史的な1ページは開かれた。
イタリア料理と懐石料理のコラボは私を異空間に連れて行った。
そして料理人たちが楽しそうにしていることが伝わってきた。
私も、こんなに楽しい料理をつくっていきたい。
そう思える日だった。
ご馳走さまでした。
そして
ありがとうございました。
Grazie di cuore.