五木寛之「親鸞」を読む
普段のブログを書く手を止めて
私は本に夢中になっていました。
五木寛之 著書
「親鸞」
「親鸞 激動編」
「親鸞 完結編」
計6冊です。
夢中になるとはまさにこの事です。
1日1冊のペースで夜も遅くまで読みふけていました。
そもそも、何故に親鸞を?手に取ったかと言いますと。
これには色々と経緯があります。
まず、はじめに私は五木寛之という人を「地図のない旅」という本で知りました。
読書初心者だった私はこの題名に惹かれ本を手にとり読みました。
この人の書く文章には、どうも私を安定させてくれる効果があります。
特別に興奮させてくれるわけでもなく、感情を大いに揺さぶるわけでもない。
それでいて、文章が私の中にすーっと入っていくようなのです。
どうも、周波が似ているような気がしていました。
それから数ヶ月後、私は京都へ旅行に行きました。
以前にもブログで京都旅行について少し書きましたが、
その時の事は未だに忘れられません。
京都駅に着いて間もなく、私と妻は「東本願寺」を訪れます。
ちょうどこの頃、東本願寺は大改修の最中で入り口に立っていた男性に「今、中に入っても何にもないよ。他にも見所はたくさんあるのだからそっちへ行ったらいいさ。」と言われました。
この、浄土真宗大谷派「東本願寺」は妻にとって思入れ深い場所なのです。
それは妻が札幌大谷高校の出身であること「その時の修学旅行の際に生徒全員でお経を唱えたことが忘れられない。」と言っていたのです。
私はそれならばと「大改修はしていても挨拶くらいはできるでしょう。」と言い正門の横にある細い入り口から中に入ることにしました。
履物を脱いでお堂へ入ると、そこには一組の家族がいました。
5歳くらいと思われる女の子、お母さん、兄弟かと思われるひと、おじいちゃんが座り「はじめるよ。」と言います。
一斉にお経を唱え始めました。
妻こそ学生の頃、聞いたことのあるお経。さらには修学旅行で全員で唱えた記憶が途切れ途切れではあるが蘇るようでした。私といえばこの時初めて浄土真宗のお経を聞きました。
この時の5歳くらいと思われる女の子とそのおじいちゃんの声が心に響いてきました。
特に何かを見ながら唱えているわけでもなく、長いお経をスラスラと節をつけながら唱えているのです。
「ああ、この家族にはずーっと昔から時代を超えてこの教えが伝わっているのだな。」と感じたのです。
私たちは帰宅してからも、あの時のことを話ししたりします。
まるで京都に迎え入れられたようだと言っていました。
ところで、浄土真宗大谷派というのは誰が教えを説いたんだろう?と神社仏閣、宗教に関して無知な私は疑問に思います。以前妻が買っていた「日本の古寺」という本を開いて調べるとそこには「親鸞」と綴ってありました。
親鸞…
親鸞か…
どこかで聞いたことがあるな。
あれ?まてよ?
そういえば五木寛之が親鸞について書いていた気がする。と思い出し
早速、調べてみるとありました。
私はその足で本屋さんへ向かいまずは「親鸞 上・下」を購入。
そこには幼少の頃の話しに加え、平安時代末期の様子が飛び込むように私の中に入ってきました。
この上・下刊をすぐに読み終えてしまった私はあっという間に激動編、完結編を購入し
1日1冊という、私にとって脅威的なペースで読み終えたのでした。
五木寛之氏のあとがきに
「この本は親鸞のことを知らない読者に対して伝わるように書きました。」と綴ってあります。
さらに「あくまでも登場人物及びストーリーはフィクションです。」とも書いてあります。
平安時代から鎌倉時代のことです。
様々な文献を元に親鸞について諸説あります。
この本は事実を述べる参考書ではなく、親鸞という人間について知ってほしいという思いが私に伝わりました。
私はこの本のおかげでお寺というものにとても興味を持ちました。
自分の家がどの宗派かも知らない私ですが、一つの興味から少しづつ紐といていこうと思います。
ありがとうございました。
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