料理の記憶 13 「高級お寿司屋さん物語」 7章
生きたタラバガニを見たことがあるだろうか。
かに本家、カニ屋さんなどの水槽にいるあのカニだ。
甲羅がごつごつしていてやたらでかいカニだ。
ある日の前日、私が働く寿司店に活タラバガニがやってきた。
そのカニはお店の厨房にある水槽に入れられ、ゆうゆうと歩きまわっている。
お店の水槽に入る魚は様々で、特に貝類、ホタテ、あわび、つぶなどが多く、極稀にタラバガニなどがやってくる。
今までは、握りのネタとしてさばかれる事が多く、一匹から10人前近くは取れるが、カニ味噌や炙りなどで使われる時は、あっという間にいなくなってしまう。
しかし、この日は違った。
なぜかツケバのアキさんはタラバガニがあることをお客さんには知らせず、水槽に入ったままだった。カニもホッとしているように見える。
あくる日
私はいつも通り朝1番にお店に入ると、水槽にはあのタラバガニが元気よく動いていた。
「・・・・・。」
「タラバガニって何に使うんだろう・・・・?」
私の独り言が始まる
「今日、出すのかな?」
「そういえばいつもタラバガニを軽く湯どおししてるけど、生だと食べれないのかな?」
「聞いたことないな・・・」
じーっと私はタラバガニを見ている・・・
タラバガニはひやりと汗をかく・・・(妄想)
「食べてみたいな~」
「・・・・」
「足いっぱいあるし一本くらい食べてもわからないかな・・・?」
「いつも俺が捕まえて、さばいているから小出しにしてたらわからないんじゃないかな?」
「数えてないんだろきっと。」
物凄く都合のいいように頭が動き出す。
「よし!」
「ええええ~~~~~~~~~~!!」(タラバガニの悲鳴)
私は台に上がり慣れた手つきでタラバガニを捕まえてそのまま、足を一本もいでしまった。
「ぎゃっぁあああああ!!」(タラバ君の悲鳴)
痛そうに動きが早くなるタラバガニであったが、少しすると落ち着いたのか、ゆっくりいつものペースで動き始めた。
「おおぉ!凄いぞタラバ君!足1本ぐらいじゃビクともしないな。タコ君並みだよ」
そうして、キッチンバサミで殻をむき、私は生のままタラバガニを口にほうばった。
「うまい!めちゃくちゃうまいじゃないか!!」
「どうしてこんなに美味いのにみんな頼まないんだ!!」
「あっ!いけない!」
これから私の証拠隠滅作業が始まり、数分で何事もなかったかのように仕上げた。
もちろん私も冷静に動き、決してばれないように・・・ばれないように・・・
「おはよ~。」
「あっ、シンさん!おはようございます!」
「おう。。なんだ?何だかやけに明るいな…」
「・・・」
「えぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」
「お前、タラバ食っただろ!!!!!」
一瞬でばれた。
「えぇぇぇっっ。食べてないですよ~。そんな・・食べるなんて、えっと・・」
汗が流れ落ちるし、言葉はどもるし、何だかひどい。
「おはよ~。」
「あぁぁ!ア・・キさん!おはよぅござい・・・」
「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」
「どうしたの!!?これ!?」
「こいつが・・・!」
ゴツッ!!
思いっきり頭をたたかれる。
「タラバ食ったんですよ!」
「え~!」
バシッ!!
今度は蹴られる。
「何で・・。わかったんですか・・?」
「何でじゃね~よ!!見てみろ!」
さっきまで平然として動き回っていたタラバ君が、折られた足方に傾き死んでいた。
「ありゃ?」
「ありゃ?じゃね~よ!!」
「お前これ今日の宴会で一匹ごと出す予定だったんだぞ!」
「一本足なくてどうすんだよ!!」
「すみません。。。」
「ホント信じられないな。まさか食べるなんて・・。」
「頭どうかしてんじゃない?大丈夫か!」
そう
この時私はどうかしていた
頭もどうかしていた
自分自身では抑えられない欲求がある
それは食欲
ただ、お腹が空いているだけではなかった
体が限界だった
思考回路が正常ではなかった
この時、私の給料は1ヶ月 9万円
この時期、母と住んでいた家の事情でこの9万円は全て家の家賃や光熱費に使われていた
私は、約3ヶ月間くらい、賄いのご飯以外食べていなかった。
一日一食で15時間以上働くのは当時16歳の私にとって過酷なものだった。
この事は、恥ずかしい事と私は思い込み、誰にも話せていなかった。
仕事が休みの日は、食器棚の下にあるいつ買ったかわからない乾き魚のこまいを食べて過ごしていたし、飲み物はお水だったが、よく水道が止まるためお水を飲みたければ家の迎えにあるゲームセンターのトイレのお水をよく飲んでいた。
電気は止まり
水道は止まり
ガスも止まり
本当に札幌市内に住んでいるのかと思うほどの暮らしをしていた。
この時、私の身長は171センチ
体重は 46キロだった