料理の記憶 10 「高級お寿司屋さん物語」 4章 | たっくのブログ

料理の記憶 10 「高級お寿司屋さん物語」 4章

少しずつ仕事内容を理解していくと、また新しい仕事が与えられる。

最初は野菜しか触らせてもらえなかったが、徐々にお味噌汁に使う2番だしをとったり、使わない包丁を研ぐ練習をさせてもらえるようになっていた。

 

そんなある日、また新しい仕事を与えられる。

それがまさかこんな事件になるとは思いもしなかった・・・!?!?

 

週に一度魚に混じって「活だこ」が届くのである。

「活だこ」とは?その日に獲れた生きているたこの事であり、網に入れられたままお店に届くのだ。

 

そのたこをお寿司のネタに出来るようにさばく仕事。

 

ついに寿司ネタの一つに触らせてもらえるようになったのだ。

嬉しさからテンションは上がるが、いったいどのようにしてさばくのか?検討もつかない。

 

先輩のシンさんから一言

 

「塩もみして。」

 

「塩もみ?」

 

生きているたこを塩で揉んでどうするのだろうか?

 

さらに説明が続いた。

 

「このたこを素手で殺して」

 

 

???

 

たこを素手で殺す?

 

動物愛護団体が見たら身の毛もよだつ話だが、お寿司屋さんでは日常的に行われる仕込だ。

 

それはそうと、貴方は生きているたこを素手で殺すとしたらどうしますか?

 

使っていいのは「塩」と「自分の体」

 

ナメクジじゃありません。

塩をかけたからといって溶ける訳じゃありません。

 

 

ここから、たっくVSたこの戦いが始まった!

 

まずは生きているたこをシンクの中にいれ飛び出さないようにきちんと見ておく。

たこの吸盤が気になるところだが、一番奥の口までいかなければある程度吸われてもすぐはがせる。

しかし、たこは足の先で捕まえると自ら口のほうに丸め込んで獲物を持っていくために

その力と私の力が試される。

 

この作業は一度だけ包丁を使っていい場面がある。

それは「たこの目」をとる事。

 

まず、頭を逆さにひっくり返し裏から切れ目を入れたこの目を取る。

しかし、皆さんは見たことがあるだろうか?「たこの目」を

 

縦に伸びた黒目はまるでねこのような目をしている。

ねこより鋭い目をしていて、一度目が合ってしまうと凍りつくような恐ろしい目だ。

 

しかも、たこは相手を目でじ~っと見る習性があり、相手の姿形を覚える。

 

思い出しただけでも本当に恐ろしい

 

その思いを振り絞って行動に移さなければ、もっと恐ろしい親方の目が光る。

 

なぜ、目を取るのかと言うと、たこは目が見えなくなると急激に運動神経が低下する。

動きが格段に鈍くなるのだ。

 

素早くさばく為、まずは目を取るのが基本だという。

 

 

しかし、目を取ったところでたこはたこ。

それだけで死ぬわけではない。

 

ここから激闘・・・

 

私はシンクの中にいるたこをひたすら殴った!

殴って殴って殴りまくる!!!

 

「おりゃ~~~~~!!!」

 

バシバシバシ!!!

 

ボヨンボヨン返ってくるだけだがそうするしか思いつかなかった。

 

だんだんと私の体力が低下していく・・

しかし、ここでやめるわけにはいかない。

 

気をゆるめると、とっさにたこは私の手に巻きついてくる。

たこも必死の抵抗。

 

腕が吸盤の跡だらけになりながらも殴り続ける。

 

本当は、塩もみと言うくらいだから、塩で揉むのが正解だが、そんなんじゃ殺せない。

 

塩を投げつけ揉みながら殴りながら塩水を浴びながら永遠と繰り返すのだ。

 

本当に大変な仕事だ。

 

 

そこで私はあることに気付く。

 

「あ、バット忘れてた。」

 

たこを〆た後にのせるバットを取りに向かってしまったのだ。

 

私の中では「もう大分弱まっているから大丈夫」だと思い込んでいた。

 

そして

バットを取りにいって帰ってきたその何十秒の間に

 

「え!!?」

 

 

なんと、さっきまでシンクにいたたこがいないではないか!!????

 

 

「うそ!?!?」

 

 

「どこ??」

 

 

唖然とした私の背筋がゾクッとした

 

バッ!と上を見上げると

たこが天井に張り付いているのだ!

 

この一瞬で移動したのか!

 

 

すぐに戻さないと、と思った瞬間さらにビックリする!!

 

なんとたこは包丁を握っている!?

 

シンクの横に置いておいた包丁を持って天井に逃げたのだ。

まさか!?包丁の位置まで覚えていたとは恐ろしい。

 

軟体の動きで包丁もウネウネと動く。

 

さらに散々私に殴られた記憶が残っているだろう。

そんなたこの恨みが恐ろしいほど伝わった。

 

「こえ~!!」

 

それでも私は頑張った

一生懸命包丁をかわしながら、たこを引っ張る。

たこは触られたところを包丁の持っている足で払おうとする。

 

吸盤に吸われるどころじゃない

 

一つ間違えば逆にたこに殺されるとも思った。

 

大スクープ!!

たこの殺人事件!

 

これは正当防衛か?

「殴られっぱなしで黙ってられなかった。」と正当防衛を主張

なんていう記事が掲載されてもおかしくないのだ。

 

 

ススキノという街の片隅で決死の戦いが行われているなど誰一人知らなかった。

 

私は包丁の持っている腕・・いや、足を掴める事に成功!

そこから一気に引っ張る!

するとたこもさすがに下から引っ張る力には絶えられず

ブチブチっと音を立てて天井から剥がれていく

 

ついに観念したのか、たこは地上に落ちてきた

 

すぐにシンクの中にいれ私の攻撃が始まる

先ほどの恐怖からか殴る力も格段に強くなる

 

あっと言う間に弱っていき

ついにたこは動かなくなった。

 

はあはあはあ・・・

汗だくで息をする私・・

 

たことの激闘に幕を閉じた

 

 

タイミングがよくシンさんが顔を出す

 

「え?本当に殺したの?素手で??」

 

「え?」

「だって殺せって・・」

 

「すげ~なお前。例えだよ例え。」

「そのぐらい揉んだら美味しいたこになるって事なんだよ。」

「素手で殺せるわけないじゃん。って思ってたけど初めて見たわ。」

 

「え~~!。。。。そうなんですか~。。。。」

 

 

 

 

その日の夜

 

常連のお客さんが一言

 

「お~!今日のたこ美味しいね~!!」

 

ツケバのアキさんが一言

 

「そのたこ、そこの新人がさばいたんですよ」

 

 

「そうかい。きみ素質あるよ。本当に美味しいわ~!」

「塩もみが上手いんだね~」

 

 

「これからも彼に任せたらいいな。」

 

 

「はぁ。。。」

 

 

それからというもの

私はたことの格闘が続いたのだった・・・