料理の記憶 8 「高級お寿司屋さん物語」 2章
「どうして捕まったんですか?」
シンさんにそういう言葉はかけられなかった。
私は当時16歳でしかも初日だったため、気軽に話しかけられる雰囲気じゃなかったので、私はただただ驚いた。
未だにあの時なぜ捕まったのかはわからないまま
私の中の親方像は恐ろしいほど大きくなってしまった。
そして2日目の朝
昨日お店にいなかった人が現れた。
アキさんとシンさんは直立不動の緊張した面持ちになる。
「おはようございます!」
「おう。」
私はすぐにその人が昨日捕まったはずの親方であると察知した。
平然と親方が出勤している。
いったいなんなんだこの人は?
私の中で疑問と恐怖が溢れていた。
今でこそ少なくなったのかもしれないが、当時のお寿司屋さんの親方というのは絶対的な存在であり、職人の世界では言われなくとも理解するという決まりがあった。
たとえば、「白いものも親方が黒と言えばそれは黒いものになる」という決まり文句もあった世界だ。
何年働き、どんなに仕事を覚えようとも親方の意見に逆らうことは有り得ないことであった。
その中で2日目にしながら私は賄いを作る事になった。
以前の記事でもわかるように私はこの時料理をほとんど作れなかった。
「見習いは賄いで料理を磨け」
料理人見習いがお客様に提供できる料理などない。と教えてもらった。
そして私は恐怖の賄いを体験することとなる。
今でも覚えている。
この時、私はとんかつを作った。
あまった食材で作るのが基本だが、揚げ物ならそんなに失敗は無いだろうという先輩の配慮があり、そんなやさしさを肌で感じながら私は真剣に取り組んだ。
人生初のとんかつである。
「狐色」
というとてもわかりにくい説明しか受けておらず、油の温度がどの位などよくわからなかった。
それでも一生懸命作った。
時間はかかったが、それなりの出来栄えに思えた。
おなかを空かせる先輩のためにもと盛り付けているとひと言。
「親方に先に持って行って上げて」
「はい」
親方は通常、離れの事務所にいて、よほどのお得意さんが来ない限りお店には顔を出さない。
私はお膳にとんかつ定食を盛り付け事務所まで持っていった。
「失礼します。」
「おう。」
「お待たせしました。賄いです。」
「おせ~ぞ!」
「すみません。」
「お!?今日からお前作ってるのか?」
「はい。アキさんに言われまして。」
「そうか。まあいい。どれ?何を作ったんだ?」
「今日はとんかつ定食です。」
「お~。お前俺の好きなもの聞いて作っただろ~」
「あ、いえ。皆さんがこれがいいって。。。」
「ふん。あいつらめ。」
ニコッと笑いがもれる。
私はドキドキしていた。
昨日はこの人捕まってたんだよな~。
しかも、あの電話はパトカーの中から携帯電話でかけていたらしい。
警官も一見ヤクザに見えただろうナ~
見た目で怖いもんな~
などと思いながら、親方の前にお膳を置く。
親方は
じ~~~っとお膳を見る。
緊張の瞬間だ。
しばらく黙ったまま
無音の空間
・・・
「おい!」
「はい!」
ドンガラガッっシャ~ん!!!!!!
「うわ!!」
お膳が私に飛んできた!
私は味噌汁のおつゆがかかりとても熱かったが、何が起こったかわからず唖然とする。
親方は内線電話をとり、お店につなげている。
「シンか?」
「カップラーメン買ってきてくれ」
ガチャ!
荒く電話を置く
「おい。お前。」
「はい...」
「こんなもん食えね~わ」
「下がっていいぞ」
「はい...」
「失礼しました...」