今日も朝から、A市子ども発達支援センターに行き、
午後からは訪問リハでした。
最近はめっきり神経難病の方が多く、
全体的な人数も増えているのかな~
それか、単にうちの事業所にそういう方の依頼が多いからかな、
なんて思いつつ。
でも、
「自分の身体が思うように動かない現状と、
意識の中でそこをもどかしく思うギャップで
精神的にしんどくないか、
生活の質もちゃんと守られているか、
その人らしく、生活することに少しでも近づいているか」
なんてことを、日々考えながら、話したり、エクササイズしたりするのです。
今日は本来なら2件あるうちの 1件は今月初旬から入院されているためお休み。
どうされているかな~、私がうかがった時はGW前をまたいだから3週間前やなぁ、と思いながら
帰路につきました。
そして晩になり、
職場からの連絡で彼の悲報を聞きました。
今朝亡くなったとのことでした。
本来なら伺うはずであったリハビリの日。
急な事ではあったけれども、そう遠くない日にこうなることは分かっていました。
でも、彼に限った事ではありません。
私たちみんながそうなのです。
単にそれを自分が体感していないだけ。
客観的に「他人」の体感を見ているに過ぎないから
「いつか」は「すぐ」かもしれない、という事を再度確認した瞬間でした。
彼が最後のリハの日に
独りでベッドにいる時に私に伝えた事があります。
「ワシは子どもの時から、長男で、下が女ばっかりやったから
何でも責任もってせなあかん、と思ってやってきた。
だから、何でもワンマンでやってきたんや。
でも、今こんな身体になって、人生が180度変わってしもた」
「家族には感謝しかあらへん」
私は、是非、それを恥ずかしいかもしれないけど、
絶対家族に言ってほしい、
私に言ったように、奥さんや子供さんにも言ってほしい。
初めは恥ずかしいかもしれんし、
プライドが許さないかもしれんけど、
正直な気持ちを
ちゃんと伝えてほしい。
もしかして、はぐらかされるかもしれません。
でも、『言う、伝える』事がすごく大事ですよ。
今は無理でも、絶対受け止めてくれるから。
私に言ってくれたみたいに、言えばいいです。
もし、それでも、言えなかったら、
気持ちの中の何かが邪魔して言えなかったら、
それは、○○さんの『エゴ』だから、
それは、取り払えばいい。
それを伝えると、彼は苦笑していました。
私は、彼はきっと言えなかっただろうな、と思います。
伝えられなかったでしょう。
80歳代の男性にとって
今まで生きてきて、
一家の主として生きてきて
日に日に動けなくなる自分の姿は
受け入れられなかったでしょう。
彼の言葉は、家族に直接は届かなかったかもしれないけど、
私という道具を使って
届け、と言うメッセージだったのだと思います。
会話の途中で、薄々そう気が付いていましたが
気が付いてないふりをしました。
そうしないと、彼の中で、「これでよかった」という区切りにならないんじゃないか、
と思ったから。
でも、今は天に逝ってしまった彼の代わりに、きちんと家族に伝えようと思います。
もう、頑張らなくてもいいですよ。
メッセージ承りました。