今日は7匹。勿論、シロちゃんも居たんだケド、
最近、親離れして変わったわ…この子。。。
ガンガン触らしてくれる様になって、甘えてくれるの。
ビシビシと猫パンチまで浴びせてくれるの。
この子、爪が鋭くて、サクサク指に刺さって
流血しちゃうんだケド…、可愛いくて…萌ぇ萌ぇ~♪
あぁ…、愛情で満たされてお腹一杯。
ごちそうさまでした☆
あ、そうそう、話は『どうやって、うつ病から脱出したか?』だったね。
結論から言うと、アチキ場合、自力ではうつ病から脱出できなかったわ。
アチキを救ってくれたのは、医者でもない、恋人でもない、母親と友人よ。
この経験が、今になって母さんと友人を大切にしたい!と思う最大の理由。
脱出するには、何年も掛かって、揚がっては堕ちての繰り返し。
何度も堕ちては這い上がってを繰り返して、やっと今が在る感じね。
今では、母さんの為に、『意地でもうつ病には陥らない!』って心に誓ってるの。
うつ病を経験して、当時のアチキが思い込んでたのは、
『医者と薬なんかでは、この病気は絶対に治せない!』って思い込み。
(今から医療関係者の方々に酷い事を言うケド…ゴメンね)
アチキの場合、担当医は心身症や感情障害というのも祟って、
精神科医3人、カウンセラー2人、心療内科医1人、内科医3人が携わってくれた。
でもね、その全員がアチキのうつ病に、役立つ事はなかったの。
精神科医は最初の家族構成を訊ねる時だけ喰い付いたケド、後はうわの空。
『眠れますか?』『食事は摂れていますか?』『琵琶湖は行ってますか?』
『薬は効いてますか?』と訊ねるだけで終了。診察時間は5分位が大半だった。
(家族構成と過去の生き方、5分の診察が重要だと知ったのは随分と後…恥)
薬を貰いに行くだけの為に、病院へ通ってる様なものだった。
もう、苦痛で、苦痛で…仕方なかった。出来れば、行きたくもなかったよ…。。。
アチキの場合、カウンセラーも役には立てなかったの。
他人に喋る事なんて何もなかったから、黙ってると、医者と同じ質問をするだけ。
過去を聞きたがるので、話しても、『そう…、そう…』と繰り返し返事するだけ。
『おい、おい、アドバイスは? その為に訊ねてるんぢゃないの?』と言っても、
『その話は裁判所でして下さい』、『私からは何も言えません』なんて事ばかり。
医師やカウンセラーは民事・各々の環境・感情に触れる事はタブーだった
のかも知れないケド、アチキにとって、精神科は意味を感じるれなかった。
気分が良くなるどころか、気分が悪くなって帰って来る事が多かったからね。
ま、それでも薬に頼らなければならない自分がソコに居て…辛かった。。。
ああ、もう二度とあんなトコには行きたくない…な。これ本心(笑)。
(当時のアチキは、自分しか信じない自己主義な人間でした。
親族どころか、恋人さえ信じず、心を開く事さえできず、屈折した心の持ち主。
ですから、担当医やカウンセラーも対応に戸惑い、受診を断れる程。
何せ、大人に成るませ友達の作り方さえ知らない偏屈人間でしたから(汗)。
ま、これらの話は、また機会があれば…、兎に角、これらは偏見です。)
※注意
これらは、あくまでアチキのケースであり、当時の一方的な主観と偏見により
書かせて頂いています。勿論、大半の方が精神科医やカウンセラーのお陰で
支えられ、救われています(そう、アチキの問題が変態過ぎただけなの…汗)。
今では、無くてはならない素晴らしい職業だと認識してますし、尊敬しています。
何てったって、35歳を過ぎたアチキが、本気で専門学校に通おうとした勉強&
職業ですからね(笑)。もし、アチキが生まれ変わったら、完全な女でお仕事は
心理カウンセラーやな…。うん、それがイイ☆
その2へ続く…。
次回からは、うつ病に陥ってからの生活を書いていくよ☆
