人間の枠を広げる方法…対人関係編(最終章) | Free Manの悠々日記

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フリーマンことチビが車で走り回る悠々生活。その模様をblogに書き留めています。

その2からの続き…。


それはね、人間の親です。しかも、自分の子と接している親ではありません。他人の子と初めて接している親です(特に母親)。彼等は他人の子に対して、知りたいという気持ちも無ければ、好き!や想い…もありません。そして他人の子で世代も全く異なるが故、同じ枠は完全に持っていません。時には、他人の子は全く理解の出来ない言葉を罵って話すにも関わらず、他人の親達は全てを受け止め、穏やかな顔で話を交え、接し続けています。何故こんな事が出来るのでしょうか?
答えは、慈悲の心、哀れみの心、を持って他人の子に接しているからです。この子はまだ小さいから…、言いたい事が沢山あるんだな…、男の子だからしょうがない…etc、色々だと思います。そして、どんな言葉を発しても全てを受け入れている様に思います。排除する事はありません。

でも、これって、相手が子供だから…ですよね? 同世代となると…、難しいですよね。。。それでは、慈悲の心(哀れみの心)を持たずに同世代と接した時と、持って接した時の具体的な事例を挙げ、その違いを考えてみましょう。

例えば、想像してみて下さい。

他部署から異動してきた同僚が自分の部署に配属されたとします。その同僚は以前の部署での自慢話を散々喋り捲ります。あたかも自分が居たから、以前の部署は成り立っていた!という勢いで、嫌味たらしく話してきます。
普通なら、『そんな話は止めろ!もうお前は違う部署に配属されたんだから、そんな事を話してもしょうがないぢゃん! それより、俺に色々訊いていいから、早く仕事覚えろよ!』
なんて言い返し、それ以上の話は聞こうとはしないし、話をしてきたら無視して排除しますよね?

しかし、慈悲と哀れみの心を持って接してみたらどうでしょうか?
嗚呼…、コイツは知らない部署に来て不安なんだな、自分の存在を認めて欲しいんだな、自分の居場所が俺しか無いんだな…、と思います。すると、返す言葉も変わってきます。
『そっか…、お前も今回の異動は大変だったよな。。。知らない奴ばっかりだろうケド、俺が居るからさ、大丈夫。仕事で分からない事は、直ぐに訊いてよ。出来る限りの事はするからさ…』と話せる様になります。


結果、同僚は嫌味たらしく話す事を止めるでしょう。自慢ばかりを喋り捲くる事も止めるでしょう。それどころか、素直になって歩み寄り、自分を頼りにしている事と必要性を話してくれるでしょう。
こう成れば、相手は自分を枠内に引き込もうとはしなくなります。そして自分も相手を枠内に引き込もうとはしなくなります。無論、対人関係も今まで以上に上手く回り始めます。そう考えると凄くないですか?
この時、自分の枠は相手の枠へと広がろうとしてますし、相手の枠も自分に広がろうとしています。そして、この関係を維持すれば、それらの枠はお互いをお互いで包み込み、相手の考えを完全に理解できる様になるのです。同時に自分の枠が広がった事により、対人経験として実となって、人として一歩成長できるものです。


●余談

(Hさんが言ってました、『言葉は生きている…』と、その通りです。私は思う、その言葉を使って生かすも殺すも本人次第。生きた言葉を発するのではなく、相手を生かす言葉を発したいものですね。)



さて、この慈悲と哀れみを持って相手にへだたるという会話法、その重要性を実感する出来事がありました。
その昔、私は全ての人の気持ちを理解したいと願った時、一番理解し難い人種は異性の高年齢者、お婆ちゃん達でした。私にとって、彼女達の言動と考え方はとても理解できず、ハッキリ言って私の勘に触る人種でもありました。
でも、この慈悲と哀れみの気持ちで接すると彼女達が子供の様に思え、私は彼女達が好きになりました。同時に自分の心に余裕が出来ました。結果、彼女達の話を知りたいという気持ちも愛情も出て、話を素直に聞ける様になりました。今では彼女達の経験豊富な話が次世代の財産と思えてなりません。


又、随分前の話になりますが、デパートにお勤めするお婆ちゃんの話を聞いたら、お婆ちゃんは私に両手を合わせ、『話を聞いてもらい、ありがとうございました…』と頭を下げてくれました。とても嬉しかったので、私も両手を合わせて心からお礼を言えた。私はお婆ちゃんから愛情と感謝を受けたと感じ、とても心が洗われ、素直に成れた自分が居る事に気が付いた。こんなに気持ちが清々しく、気分が良くなったのは久し振りでした。
その時、きっと私の瞳は子供達の様に輝いていたと思えた。そして大人になって、失ってしまった何か?を取り戻した気がした。それは『子供の頃の素直さ』だと思った。相手が素直ぢゃないんじゃない、自分が自分に素直ぢゃなかった…のです。


そう、私達大人に足りないのは、愛情・感謝・想い。
大人になって手にしたのは、プライド・頑固さ・意固地・自我。

(どれも不要だな…、棄てるべし!…笑)
大人になって失ったものは、素直さ、だった。。。


以来、周りの人達には愛情を持って接し、感謝の念を忘れず、想いを伝える事にした。そして話を聞く時は、『素直さ』を意識する様にした。勿論、まだまだ出来ていないケド、私は嫌いな人が誰一人居なくなった。全ての人を愛したいと思える様になった、これが心地良い…。上手く言えないケド、毎日が幸せな気分…、ギャンブラー2200やランクル以外の物欲や金欲なんかも無くなった!(笑)。
やっと、この境地に立って、イエス様が嫌いな人でも愛せる理由が分かってきたかな?…って感じ(きっと、また勘違いだな…汗)。


ま、纏めると、対人関係の枠を広げる方法とは、拒絶する嫌いな人でも、愛情と想いを持って接すれば、素直に話が聞けて自然に枠が広がり、相手を受け入れれるという事。それが出来ない場合、慈悲と哀れみの心でへだたれば、お互いの枠は広がりながら、歩み寄るという事ですね。

又、枠を広げるという事は、同時に枠外の不安領域が狭まるという事だから、幸せな気分が手に入るという事。自分の限界線である枠が広がり、代わりに不安要素が無くなっていく自分…、こんなに素晴らしい事はないですよね?

勿論、枠を広げるという事は、人間が変わるという事だし、防衛本能を凌駕しなければならないので、精神的にシンドイよ。それが、どんだけシンドイかと言うと、大半の大人が変われないよね?…という事は、大半の大人が耐えれない位にシンドイという事です(爆)。
でも、変わろうとする意識を強く持って、それが行動に現れれば、成果は自然と表れてきます(これが循環の法則の根元)。


対人関係の枠を広げる方法と言えば、こんな感じだけど、どうだったかな?…。勿論、他の方法もあるだろうし、ソッチの方が楽カモね(笑)。
ぢゃあ、次回はどんな望みも絶対に達成させてくれる方法、『循環の法則』を話そうと思いますが…。チト疲れちゃった…、チョット休憩ね☆
H先生~、お茶下さいな~☆ 勿論、愛情とセットでね!アハッ♪


※本文はチビの経験による、独断と偏見で書いたものです。矛盾や勘違い等あれば、指摘下さいませ。素直に考えを改めさせて頂きますね。

by フリーマンことチビ