あなたが好きな色はなんですか?
私は、赤と緑が好き。青はちょっと苦手です。
黄色にはちょっと憧れが。
色には、イメージと意味があります。
もちろん、それぞれにイメージするものは、人により、多少の差がありますが、色は記号としての意味もあります。
・赤…信号では停止、禁止。多くの看板では注目、危険・禁止・緊急の喚起。体では血液。命を支えるもの。出血は命危険や血生臭い戦い。火は危険だが有用なもの。郵便ポストの赤は目立つだけでなく、郵便物の血管のように全国結ぶもの。
イメージや実際に使われて居るものに意味があります。
全身まっ赤な服装なら、とても目立つだけでなく、ちょっと好戦的な印象だけでなく、他人を警戒させるかも知れませんし、勢いややる気を彷彿させるかも知れません。
・オレンジ(橙)…太陽のイメージ。暖かく包み込むようなイメージ。
・緑…自然、森、田園風景、公園、生命力。などが感じられ、穏やかな気持ちになります。
緑の特徴として、あまり脅威を感じさせず、穏やかさ、草の根運動のような、したたかさや、生命力など、穏やかな力をイメージします。
信号では青信号は本来緑がベースで、進めです。
・青…水、川、海です。人の体の80%は水です。必要不可欠なもの。
日本では貴重なもののイメージがありませんが、水を得るのは重要です。
古来から雨乞いは重要な祭り事です。
今日の日本では蛇口を捻ると簡単に得られる水は、電気、ガスなどのライフラインのうち、最重要となっていて、よほど水道代を滞納しても、正当と見做される限りは、なか停められません。
川の流れなど、絶えることなく受け継いでいくことから、生命を受け継いでいくもの、途切れないものを意味します。
(継続力の象徴?)
また、普段は穏やかですが、河川の反乱やしけの海、台風や長雨などでは圧倒的な脅威に豹変する、両面性を持っています。
・黄色…暗闇を指し示す道しるべ。月は古来から神秘と紙一重でした。
都市ではなかなか感じられませんが、満月の明るさは、影をつくるほどに明るく、新月の暗闇は脅威でした。一方で、満月は明る過ぎ、星空の妨げは現在位置や暦(古来は太陰暦)や季節(太陽でも分かるが)感を狂わせるものとして恐れもあったかも知れません。聖書には月の光を呪う(忌み嫌う)と解釈できる記述があります。
また、黄色は信号では注意。黄色の看板は、注意の喚起。
黄金、お金や金、光、きらびやか、華やかなものです。金属の「金」は最も安定した金属であり、酸化(錆びない)したり変化しないため、貨幣として古来から現在まで価値を得ています。
現在では、安定している上に加工が容易なため、高密度集積回路として、コンピュータの心臓部のCPUとして貴重な役割を持っています。
音声機器の接続コードのジャックにも錆びないことから重宝しています。
・白…清潔、純粋、潔癖、降参、従順(どの色にも染まる)など。
白衣、ウェディングドレス。バージンロード。白紙。白票(これだと抵抗的、赤のような戦闘ではない)
ここまで、読んでもう一度、自分自身の好きな色を思い返してください。
どの色にも、大抵は2重の意味があります。
あなたが好きな色があなた自身の自己イメージを反映しています。
その際、色の持つ、多重な意味、意図、使われ方に注意して、自分自身が好きな色の多様な側面、意識していなかった面の自分自身も、受け入れてください。
私は、どちらかというと最近まで、直感的に色を使っていました。
その日の洋服、持ち物、化粧、アクセサリー、小物まで、自己表現であり、他者に対するアピールなのです。
どの色使いをするかで、自分を表現し、またそのスタンスをあらわしています。
そして、人にあったり、買い物に行ったり、病院に行ったりします。(病院に真っ赤な服装の方はあまり居ません。なぜなら、元気の無いときに、積極的(場合によっては攻撃的/反発的)な色で自分を表現できないからです。
自己表現とは、自分自身を見せると共に相手に評価を委ね、その人との距離感を示しています。
協調性を重視していれば、原色より淡い色、中間色を好みます。
洋服などでは、黒、灰色、クリーム色などはとても無難です。ある意味、集団に溶け込み自分を表現しない色です。(しかし、おしゃれな人は、ワンポイントで自分をあらわしています。男性ならネクタイやネクタイピン。カフスボタン。女性なら、髪飾りや化粧。メガネなどのフレームの色や形。伊達メガネなら明らかに自分らしさの表現です)
大多数の人は視覚からの情報が7割を占めています。ですから、色のもつ意味は「自己表現」と結びつきます。
上記の色からのイメージは、あくまで日常生活の上で私が感じたもので、読者一人一人に必ずしも当てはまらないでしょう。
特に、私は最近まで美術的感覚に非常に疎く、色の持つ意味も生活習慣でしか、捕らえていませんでした。
色についての感覚が鋭い人なら、もっと的確に、イロイロな情報を得られるにちがいありません。
自信をもつ。今、自分がどのように自分をイメージし、自分自身をどのように表現し、他者に対してどのように見せたいか?それを知ることで、自分を知ることができます。
自分を知るのは、一人でも出来ますが、自分自身で自分を見つめるのは、なかなか客観的になれなかったり、俯瞰的なさまざまな位置から、見るのは訓練と慣れが必要です。
一方で、他者の表情や行動や言動から、どのように自分が見えているか、知ることができます。
そのような意味で、自分が自分自身をどのように表現し、見せているか?他者という鏡を通して見るとき、客観的になれるとおもいます。
自分を知れば、どのような自分、どのような生活、どのような未来・夢・希望を、そして社会をどのように見ているか知ることができます。
目だった行動を取れば、他人から何か言われたり、有名人になればさまざまな立場からの意見・苦情を聞くことになるでしょう。そこで、自分に自信がないと、小さく纏まり、冒険をせず、守りに入ってしまうことでしょう。
そうすれば、その後はひたすら、守りに入って、今あるものを失わないようにそればかり考えることになるかもしれません。
他人というのは、どの人も自分のことで精一杯だし、自分と家族を中心とした友人関係ぐらいまでしか興味もないし、あろうことか他人を躓かせ、欺き、陥れるなんてことを考えている人は、極々少数だとわたしは思います。
もちろん、楽をして生きている人も居るかもしれませんが、それぞれが自分なりに努力し、真面目に生きていると思います。だれでも、感謝と親しい人たちとの関係を維持していけば、前を向いて生きていくことができます。
自信を持つというのは、他人の言葉ということもありますが、私は自分で自分を信じないで誰が自分の面倒をみるんだろうか?と思っています。
社会や世間は、厳しい側面もありますが、必ずどこかで助けてくれる、守ってくれると私は信じて疑いません。
そして、誰もが自分に自信をもって、なりたい自分になれること。それを信じて前を向いて歩いて欲しいと願っています。