久しぶりの更新になってしまいました。
しかし、いつも通りいきますよ。
タイトルを読んで、そんな…って思った方、多いと思います。
根拠がある。実績がある。だから、自信がある?
そんなことはありません。私は400人の前で、講義やワークシートを使ってセミナーをやったことがありますが、小中学生の頃は、引っ込み思案で、イジメられっ子でした。
クラスでの発表さえ、おどおどしていました。
最初からものおじしない人も、居るかもしれませんが、いきなり400人の前で話しなさいと、言われて平気な人など居ないでしょう。
最初はみな素人なのです。
さて、でも根拠が要らない、理由や理屈、知識がなくても、自信を持って構わないし、自分には分からなくても、自分自身を信じてあげて良いのは、もっと基本的なことです。
18世紀の産業革命以降、急速に、知識、知恵、経験を人類は積み上げて来ました。
見たことないし、実感ないけど、常識的な知識に囲まれています。
科学というものさしは、物事の理を解きほぐし、理屈や原理、法則を明らかにしてきました。
科学至上主義では、理屈や根拠や法則が優先されます。だから、所詮は小手先だけのテクニックという、都合の良い知識に頼ろうとします。
科学は発展しましたが、まだまだ未知の事柄はいくらでもあります。
そして、地球がまあるくて、ぐるぐる周りつつ、さらに太陽の周りを回って居たりなんて事は、大抵知られて居る知識ですが、それを知らなくて困る人は、ごくごくわずかでしょう。
さらに、良く考えて見れば、自分自身の体の構造や仕組みはある程度、知識はあっても、実感しないと機能しない訳ではありません。
寝て居る間にも、呼吸するのを忘れたりしないし、寝る前に食べた物だって意識することなく、消化、吸収して、体温を保ち活動するエネルギーに変えてくれます。
理由や理屈や法則を知らなくても、お腹が空くし、眠くなります。
そして、大抵はそれらの欲求に従っています。
自分自身の実感(科学では本能と言って脳の役割で、自然な生存欲求などと説明されますが)に素直に信じて、人は何千年も、理屈、理由など気にせずに、自分自身の感覚を元に生きてきたのです。
科学でも、今だに、無生命から生命を生み出すことは出来ていません。
いつかは解明されるかもしれませんが、命は、命によってしかつながっていきません。
植物であれ、動物であれ生き物を食べて、命をつないで居るのです。
だいぶ、話しが脱線しましたが、知識や法則や知恵や経験も大事ですが、それ以上に、自分自身の感覚や欲求を信じて良いと思います。
だから、自信とは自分自身の感覚を信じることからまず始めることです。
体の使い方や、呼吸法、姿勢など、基本的なことが、体の健康と心の健康につながっているからです。
心は脳にある訳ではなく、体という機関にある物だと私は思います。
蛇足ですが…
臓器をパーツとして考えることには、感覚的には違和感があります。
それで助かる命があり、技術がある以上否定はしませんが、他人の臓器を受け入れる為に大量の免疫抑制剤が必要になるのは偶然とは思えません。