私流哲学

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私にとってはロマンである。


幽霊が存在する=あの世が存在する


ということなので、死に対する恐怖が非常に和らぐという点で非常にありがたい。いずれくる「死」に対してこれほど心強いことはないわけです。


しかし残念ながら、どうもいないということになりそうです。


よくあるのが心霊スポットなどでの目撃情報ですが、体験者はウソをついているのでしょうか?もちろん、そういう人もいるでしょうが、おそらくはちゃんと「体験」している可能性は高いです。


アメリカでは、そういった心霊現象に対して科学的にアプローチする実験が多くなされており、例えば、こんな実験があります。


1)特にいわくもなければ、心霊スポットでもない廃墟をひとつ用意します。


2)被験者に事前にアンケートを取り、「心霊現象を信じるかどうか」をヒアリングし、2つのグループに分けます。


3)被験者全員に、そのなんでもない廃墟について「寝室で殺人があり、幽霊の目撃情報がある」と話します。


4)それぞれに廃墟に入ってもらい、幽霊と遭遇したかどうかを聞きます



そうすると、もともと幽霊を信じるグループが圧倒的に「見た」と答え、しかも目撃場所が「寝室」に集中します。まさしく幻覚によるものなのですが、人はいとも簡単に幻覚を作り出すことが可能です。


また、こういう実験もあります。人間には聞こえない重低音を流した廃墟で実験させると、飛躍的に幽霊の目撃数がアップします。この重低音は聞こえないのですが、人間の心理を不安に陥れる効果があり、建物の構造状態などによりますが、風が吹き抜けるだけでも発生するもので、心霊スポットにはそういった状態が作られている可能性もあります。


通常の心理状況からかけ離れた状態で、より体験談が多いことなどを考えると、心霊体験はウソをついているわけではなく、れっきとした「幻覚」であるといえるでしょう。


ちなみに私も過去3渡ほど、不可思議な体験をしたことがあります。

どれも幻覚だったと思っています。


そこまでいうなら、数ある心霊スポットを巡ってこい!と言われそうですが、幻覚でも怖い想いはしたくはありませんので、率先して行きたいとは想いませんが、やはり、そういう場所に行かないほうがよいでしょう。


幻覚であろううが、呪われたと自己暗示がかかれば、その後も幻覚に苦しむことになります。

怖がりほど、幽霊(幻覚)は見えてしまいますし、そうでなくとも、心霊スポットは「幻覚発生装置」のようなものなので、平気だと思っても近づかない方がよいといえるでしょう。