「お濃。どうやら母上が儂を跡継ぎと認めとうないのは、品のないご自分と儂が重なって見えるからのようじゃ」

 

「殿…」

 

皮肉たっぷりに言う信長を、濃姫は狼狽の面持ちで眺めた。

「儂のことをどう思おうと勝手じゃが、お濃を母上の邪な考えに引き入れるような真似は、以後お慎みいただこう。

 

お濃は美濃からの人質なれど、儂の正室にして、この那古屋城の奥御殿を束ねる主。

 

その主に、左様な邪心を抱かれてしもうたのでは、儂も安んじて奥へ足を向けられませぬ故」

 

 

信長が告げると、土田御前は思わず鼻で笑った。【香港植髮價錢】小心平價陷阱! | 方格子

 

 

「笑止な。未だにお濃殿と褥を共にしておらぬそなた様が、何を申されまする!?」

 

「ご安心下され。褥ならばいつでも共に致しまする。

 

……ただ、今は無理じゃ。

 

何せ儂とお濃は、戦の真っ最中ですからな」

 

「戦?」

 

「ああ。──そうであろう?お濃」

 

信長の細い目が濃姫を捉えると、姫は戸惑いながらも

 

「…はい」

 

と小さく頷いた。

信長も笑みを深め、今一度土田御前を見やる。

 

「左様な訳です故、母上には閨のことも、また家督のことにも口を出していただく必要はないということです」

 

「……」

 

「ご用がお済みのようでしたら、早々に末森の城へお帰り下さいませ」

 

「の、信長殿っ」

 

「あ、いやしかし、母上に茶の一杯も振る舞わずに帰すのは無礼千万というもの。

お濃、そなた確か茶の湯が得意と言うておったな?」

 

「は、はい」

 

「ならば、母上に茶を点てて差し上げよ。それから菓子も──」

 

「左様な物、どちらもいらぬわ!!」

 

土田御前は茹で蛸のような真っ赤な顔をして立ち上がると、裾捌きも荒々しく部屋から出て行った。

 

 

「おーおー。鬼かか様が角を生やして帰っていきおったわ」

 

小気味良さ気に微笑(わら)う信長を一瞥し、濃姫は小さく嘆息する。

 

「よろしいのですか?」

 

「何がじゃ」

「仮にも実の母上様に、あのようなことを仰せになって」

 

「構わぬ。儂の廃嫡を目論んでおるのじゃぞ。言われて当然ではないか」

 

「それはそうでしょうが…」

 

「そもそも、本来ならばそなたが何とかせねばならぬところであろうが。

 

それを何も言い返さず、小鳥のように震えておった故、儂が助けてやったのではないか」

 

思わず濃姫は、え?となって信長を凝視した。

 

「そのようなことでは、いつまでたっても儂が気を許せると思えるおなごにはなれぬぞ」

 

「……あの、殿」

 

「今度は何じゃ?」

 

「先程のは、私を助けるためにして下さったことなのですか?」

 

「は?」

 

「今 仰せになったではございませぬか。“儂が助けてやったのではないか”と。

 

私が義母上様に言われて困っていた故、私を助けるために、あのように申して下さったのですか?」

 

信長は数秒前の自分の発言を振り返ると、急に表情を引きつらせ、慌ただしく口を動かした。

「…な、何を申す!うぬ…自惚れるでない!!誰が美濃の人質などを助けるものか!」

 

「されど、確かに“助けてやった”と」

 

「言うておらぬ!そちの聞き違いじゃ!」

 

「そんな、さっきの今で聞き違いなど──」

 

「その話はもう良い!」

 

 

信長は姫の言葉を遮ると、先程まで土田御前が座っていた上座に進み、毛氈の上に胡座をかいた。

 

 

「それよりも飯っ!朝何も食さなんだ故空腹じゃ」

 

「話をはぐらかさないで下さりませ」

 

「湯漬けじゃ、湯漬けを持って参れ!早よう!」

 

これ以上訊いても信長から本音は出ないと判断したのか

 

「殿が湯漬けをご所望じゃ。ご用意致せ」

 

濃姫は諦めがちに肩を落としつつ、部屋の隅に控えている侍女たちに命じた。