輿を挟んで更にその後ろに、斎藤家からの送り役の武士、侍女衆、衣装・婚礼道具などを運ぶ小者たち。

 

そしてを務める織田方の武士たちが着き、後は出発の合図を待つだけの形となった。

 

 

いよいよこの時が来た──

 

 

帰蝶は輿の中で、生まれたばかりの雛鳥のように小刻みに震えていた。免剃頭植髮

恐怖や迷いはない。

 

ただ、幼い頃からの夢が叶うのだという喜びと、敵国の人質になるのだという不安が入り乱れ、とても複雑な気持ちだった。

 

そんな思いを吐き出すかのように、帰蝶はニ、三度深い呼吸を繰り返すと、やおら決然と目を見開いた。

 

 

「三保野──」

 

「はい。姫様」

 

「御簾を下ろせ。出立じゃ」

 

帰蝶の言葉を受けて、三保野が輿の御簾を下ろすと

 

「出立ーッ!!」

 

すかさず、御発ちを告げる声が高らかに響き渡った。

 

帰蝶を乗せた輿は、屈強な男たちによって軽々と担ぎ上げられ、先頭に従って静かに進んで行く。

 

「……帰蝶」

 

万感込み上げる思いで娘を見送る小見の方の胸には、これが今生の別れになるやも知れぬという予感があった。

 

許されるのならば、この足で姫の輿を追いかけて、今一度 別れの挨拶を交わしたかった。

 

が、僅かに残った理性と、稲葉山城主の正室であるという誇りが、小見の方を押し留めていた。

 

今の彼女に出来ることは、遠ざかってゆく行列を見送りながら、ひたすら帰蝶の末永い幸せを祈ることだけであった。

 

稲葉山城を発った輿入れの行列は、民たちが端々にひれ伏す沿道を整然と進んで行く。

 

織田家が多くの迎えをしてくれたおかげもあってか、一町半にも及ぶ行列はとても格式高く、

 

頭を下げている民たちも、時折鎌首をもたげては、うっとりとした様子で行列の賑わいを眺めていた。

 

 

『 美濃の野や山々とも、これでお別れじゃな 』

 

 

輿の中の帰蝶はを薄く開いて、終始外の景色に目をやっていた。

 

子供の頃によく遊んだ原っぱ、小兎を追いかけまわした森、笹舟を流した小川。

 

通り過ぎてゆく至るところに帰蝶の思い出が詰まっていた。

 

もう二度と見る事がないのかと思うと、急に寂しさが込み上げて来た。

 

 

けれど帰蝶は

 

『 いや、きっと尾張にも同じような野や小川があろう。私が美濃に置いていく分だけ、尾張で取り戻せば良い 』

 

と、あえて前向きに考えることで、心の中のいを全ておうとしていた。

帰蝶を乗せた輿はそのまま順調に尾張を目指して進んで行ったが、

 

隣国とはいえ、稲葉山城から那古屋城までは約十里の道のりである。

 

美濃を発ったのが正午であった上、輿入れの緩やかな足取りでは、日暮れまでに到着する事は困難だった。

 

その日は美濃と尾張の国境近くにあるの正徳寺(聖徳寺)に一泊して、翌二十三日に、正式に那古屋城へ入城する運びとなった──。

 

 

 

 

 

そんな那名古城では、婚礼の儀と帰蝶を迎え入れる為の支度に忙しく、奉公人たちが休みなく動き回っていた。

 

特に奥御殿の最北に普請された帰蝶の