「……藩邸に繋ぎ止めよることで、宮部殿らの陰謀も監視することが出来る。かつ長州が総力をあげて上洛しよる前に、勝手な暴発だけはどねえしても避けにゃあならん──ということですか」
その答えに桂は満足気に微笑む。
「流石は吉田君だ……。藥性子宮環 瞬時に洞察し、状況を読む力には目を見張るものがあるな」
突然賞賛された吉田は居心地が悪そうに視線を逸らした。桂は優雅に微笑むと、立ち上がる。
「段取りは私に任せてくれ。準備が出来たら桝屋へ使いを寄越す。ご苦労だったね」
その言葉に頷くと吉田は再度桝屋へ駆けて行った。 その頃、南禅寺では忠蔵を哀れに思った一人の女が、下で見張りをしている島田へ声を掛けていた。
女は小川邸という旅籠屋を営み、肥後藩士を始めとした尊攘派の浪士をよく匿っている者だった。
「もし……。あの上に縛られはる方、うちの知り合いなんどす。何や悪さしはったんやろか。すんまへんが、堪忍しておくれやす」
そう言いつつ、袖にを忍ばせる。
それを見た島田は山崎に目配せをした。山崎は頷くと、忠蔵を下げ縄を解く。
いかにも金に釣られたかのように演じて見せたのだ。
忠蔵は何度も頭を下げていたが、やがて弾かれたかのように走っていく。主人である宮部が無事なのか、その事ばかりが頭をぎっていた。
その後を別に控えていた監察方に付けられているとは知らずに。
忠蔵は後ろを一切気にすることなく、桝屋まで真っ直ぐ走り続け、中へと駆け込んだ。
暫く見張っていると、吉田に連れられた宮部が周囲を気にしながら、桝屋を出ようとする姿を認める。
それを更に追い掛けると、長州藩邸へ入って行った。
その様子から、桝屋は少なからず長州と繋がりがあると確証を得ることになる。
「──偶然桝屋に居着いていたのかとも思っていたが……これは完全に黒ですな」
「証拠を揉み消される前に、御用改めを急いだ方が良いかも分からんなぁ」
監察方の四名は羽織を脱ぐと一般人に扮装し、各々屯所へ向かった。
そして前川邸にある局長室を訪れ、南禅寺であった出来事を報告する。
「そうか…………。桝屋は完全にだな」
近藤と共に同席している土方は眉間に皺を寄せた。読み通りだと言わんばかりに、口角を上げる。
新撰組という組織が出来てから凡そ一年あまりの月日が経った。それなのに、大した実績を上げることもなく、やっていることと言えば市中巡察と小物捕りのみ。そもそも、京の人間は江戸者を軽んじる傾向があり、当初の評判通りに今も"狼藉を働く乱暴者"の印象が付いていた。
の真似事に終わりたくないと焦りすら感じていた頃である。今こそ、功を立てれば近藤や新撰組の名を売ることが出来るのだ。
「御用改めだな。ええと、誰に任せるか……」
近藤は思案顔になる。その時、障子が空き武田が入ってきた。
「──そのお役目、この武田にお任せ頂けませんか」
「武田…………立ち聞きしていやがったのか。間者と間違えられても文句は言えねえぞ」
土方は鋭い視線を武田へ向ける。しかし武田は臆することなく、近藤を見やった。
「局長、四日後の私の担当する巡察にて桝屋へ踏み込ませて下さい。必ずや手柄を立てて見せましょう」
「何故、四日後なのかね。些か遅すぎやしねえか」
その言葉に待ってましたと言わんばかりに、武田は口角を上げる。
「今日、宮部の下僕が新撰組に捕らえられたとなれば、奴等は焦って対策を講じる……もしくはこの数日のうちに会合を開くとは思いませんか。人は焦れば焦るほど、余計にボロを出すというもの。そこを突くのです」
「……まあ、一理あるな。疚しいことがあれば、