という仕事は、超絶忙しいものだと理解していたからだ。ゆえに自分のことはある程度自分でやったし、勉強も人並み程度にはやったつもりだ。
それだからなのかもしれない。親父もそこまで褒めたり叱ったりする必要がなかったにちがいない。
それでもやはり、同級生が父親や母親にほめられたり叱られたりするのをみるとうらやましいときがあった。そういうときは、剣道や勉強をいつも以上にがんばった。そして、どちらもいい成績を残したりした。
だが、たいていその報告は、いい成績をとったずっと後になってから伝えることになる。親父とゆっくり会話をかわすことができなかったからだ。たとえ伝えられたとして、「がんばったな」でおわってしまうことがほとんどだった。
ひどいときには、朱古力瘤 それを伝えることすらできなかった。
きっとおれの我慢がたりなかったんだろう。表情にでたり態度にでたりしていたのかもしれない。
それこそ、だだもれだったにちがいない。
親父は、おれのそんな気持ちに気がついていたんだろう。
いずれにせよ、親父は愛情表現が苦手だったということもある。
もしかすると、面と向かって伝えることができなかったのかもしれない。
餓鬼なりにそうとわかってはいても、褒めてもらいたかった。頭をなでながら「よくがんばったな」と、がんばったときにはそういってほしかった。
心の奥底で、そう願っていた。
くそっ!いろんなことが悔やんでも悔やみきれない。
「肇君、すまない。おれたちがもっとはやく察知できていたら、ミスター・ソウマもきみも……」
おれの心のなかをおしはかっているんだろう。俊冬が、そのように謝罪してきた。
謝罪する必要なんてない。なぜなら、親父のこともおれのことも、かれらのせいではないからだ。それに、たとえかれらが親父の危機を察知し、来日して親父を護ろとしたところで、親父はぜったいにそんなことをかれらにさせるはずはない。
かれらが、親父を狙う連中や黒幕を始末することも同様である。
それよりも、親父はきっとかれらをそんな過酷で危険な世界から足を洗わせ、子どもらしい生き方をさせようとしたはずだ。
それは、親父なら絶対にするはずのことである。
二人に会った際、親父がかれらの頭をなでているのをみてしまった。親父に頭をなでられたことがなかったおれは、それをみて「隠し子なのか」と馬鹿な妄想をしてしまった。
親父は、それほど二人のことが気になっていたのだ。
もしかすると、親父ならかれらを養子にするなんてこともかんがえそうである。
だとすれば、かれらとおれは兄弟になっていたかも……。
「二人のせいじゃない。それどころか、仇を討ってくれたんだ」
兄弟になったかもという妄想は兎も角、二人を交互にみつつ言葉すくなめに応えていた。
「ミスター・ソウマから受けた恩はかならず返す。肇君。おれたちは、きみ自身ときみが護りたいものすべてを護り抜く」
俊冬の言葉に、だれかの泣き声がかぶった。
厳密には、島田である。どうしようもないくらい、号泣している。
どうやらかれは、泣きのツボにはまってしまったようである。。ほかにもいるが、子はたいしたことがない」
「いえ、副長。たしかにそうかもしれません。秀吉の子のも、家をぶっつぶしてますからね。しかし、いくらなんでもおれはそこまで……」
副長の比較の仕方に、思わずツッコんでしまった。
「それに斎藤先生、ひどすぎます。たしかに、親父は自慢の親父です。剣を握らせれば確実に相手を負かしていましたし、としては人望があって判断力はピカ一で……」
親父自慢をしながら、自分が足許にもおよばないどころかレベルがちがいすぎることをあらためて思いしらされた。
たしかに、斎藤のいうとおりである。
なにゆえ、親父の子であるおれが、こんなにていたらくなんだ?
「なにをいってやがる。馬鹿馬鹿しい。親父がすごかろうがろくでもなかろうが、親父は親父。子は子。関係あるもんか」
松本は、おれの頭を拳で軽くたたきながら慰めてくれた。
松本の八男は、という回文の名を授けられることになる。もちろん、いまはまだ生まれていない。
その本松は、医学博士になる。
それだけでなく、教授やら耳鼻咽喉科のえらいさんやらを務めたり、議員、つまり政治家として活躍もする。
というわけで、偉大なる父松本良順を父にもつ本松も、そこそこに優秀なのである。
「法眼のいうとおりだよ、肇君。きみには、ミスター・ソウマにないものがある」
俊冬である。
「そうだよ、肇君。きみにしかないんだもの。それだけは、ミスター・ソウマもかなわない」
俊春である。
おおっ!おれにしかないもの?親父がおれにかなわないもの?
それはいったい……。
「お笑いといじられるセンス」
「お笑いといじられるセンス」
俊冬と俊春が同時に叫んだ。
すごすぎて感動の声がでないばかりか、なんのリアクションもできなかった。
「ミスター・ソウマは、しょーもないギャグなんていわなかったよ。そこは、ミスター・アラキの担当だったからね。それに、周囲から尊敬と信頼をされているから、けっしていじられることはなかった」
「肇君、きみはほんとにすごいよ」
ドヤ顔でいってきた俊冬。さらにドヤ顔で褒め称えてきた俊春に、一瞬、殺意が芽生えた。
もういい!