2009年3月、健康診断で肺の腫瘍を指摘されてから2ヶ月余り。ようやくPET検査で右大腿部の原発が見つかり、生検を経て、滑膜肉腫という診断が下った。 

5年生存率は20%…      ザクッ、ガクッ…

泣いたね、毎日。本当によく泣いた。入院治療が始まるまでの日々は、まさに自暴自棄…オレは死ぬ、なんでオレが、なんでオレなんだって、考えるのはそれだけ。昼間は芋虫の様に布団にくるまって泣き、夜は酒を飲んで泣いた。毎日毎日…

ママにはそうとう心配、迷惑をかけた。(感謝)子供達もあまりかまってやらなかった。唯一の救いは、心おける仲間が夜になると逢いに来てくれ、一緒に酒を飲んでる時間が楽しかった事。(大好きな仲間数人には全て話していた)昔話、バカッ話で気を紛らわせ、オレの為に泣いてくれた。決して忘れない、オレには素敵な仲間がいる。

そんな悶々とした日々が過ぎ、出口の見えない真っ暗なトンネルを歩いている中、いよいよ入院治療が始まるという数日前、ママがオレにこんな事を言った様に思う。「病気になったのがパパで良かった。子供たちじゃなくて、パパで良かった。パパは家族を代表して病気と闘ってくれ、そして勝って欲しい。」と。

スゥーッとしてね、本当に。あぁ、子供たちじゃなくて良かった~、そうだ、オレで良かった~って素直に思えてね。その言葉を境に、もう前しか見なかったよ、治す事しか考えなくなった。負けてたまるか、死んでたまるかとね。完全にやる気スイッチが入ったオレは、メンタル抜群で入院治療を向かえられたんだね。それから今日まで、自分の身体、病気の事では泣いていないよ。今がある事に幸せ、喜びをひしひしと感じ、日々生きている。

長男、長女、次女、3人の子供たちとママ、オレの奥さんはオレの宝だ。家族がいるから頑張れる。