働きざかりの男性が、若年性アルツハイマー病になり、
妻とともに生きる姿を描いた作品だそうだ。
渡辺謙が主演&エグゼクティブプロデューサーで、
糸井重里のウェブサイト「ほぼ日」で、
ふたりのメール交換が行われた。
謙さんは、アルツハイマー病が進行していく主人公を演じるとき、
「彼が、何のために生き、何に向かっていくのか・・・」と考えたそうだ。
そして、ふとおぼろげながらに見えてきたことがあったという。
「もしかしたら、あの庭に立つ木の様な存在になっていくのかと・・・」
謙さんは言う。
「木は喋りません。
いやもしかしたら、木の言葉で
何かを囁いているのかも知れません。
でも、僕には聞こえない。耳をすませてみても・・・。
奴なりに季節や温度、天気、辛さ、春の喜び、雨の恵み・・・
様々感じているに違いありません。
生きているのです。
動かなくても、そっと少しずつ枝を繁らせ、
地面で根っこをチビチビ伸ばしている。
優しいじゃありませんか。何かを与える優しさじゃなく、
優しく生きてる気がしません? (ほぼ日 ウェブサイトより)」
痴呆になった、わたしのおばあちゃん。
おばあちゃんが、木のような存在になったと、もし思えたら…。
それは、謙さんのいうとおり、すごく優しいと思う。
謙さんの言葉で、わたしの心はすこし救われたような
優しい空気に満たされたような、そんな気がする。
悲しみや、切ない思い出は、
一度は克服したと思っていて、
そのときはもう平気、と思っていて、
実際、心も平穏でいたのに。
でもなぜか、ふと甦って、ふと思い返して、心をすっと切なくさせる。
しんどかったときの心がそのまま再現YTRのように甦えり、
胸を締めつける。
思い出は決して消えない、ということの証なのだろうか。
なぜかよく分からないけど、
最近よく、おばあちゃんのことを思い出す。