「で、学校の方はどうなんだ?」

別に興味があるわけでもなさそうにパパが訊く。

「普通」
言ってあたしはティラミスを口に運ぶ。
なんでこんなものが好きなんだろう、この人。食べられなくもないけど、あたしはクレームブリュレの方が好きだ。
あの、表面を覆う薄いガラスみたいな、焦げたお砂糖をスプーンの裏側で密やかに割るのが好き。
割ってしまえば中は、ねっとりとしたクリームだ。

「十六歳の誕生日プレゼント、何がいい?」

あたしは考える振りをするためにフォークを口にくわえ、斜め四十五度あたりをしばらく見つめる。

「ヴィトンの、モノグラムデニムのバッグ」

「じゃあ、来週末、一緒に買いに行こう。銀座で待ち合わせしようか」

うん、と言ってあたしはさも嬉しそうに微笑んであげる。
ママにも同じ物をリクエストしてあるから、買ってもらったらそのままパパとは別れてユカリと落ち合う。
買値の二割引きで譲るって、もう約束してある。

広尾のイタリアンを出て、タクシーで自宅に戻ったのは夜11時半、ママはまだ帰宅していない。
あたしがパパと会う日は決まってママはデートで遅くなる。

自分の部屋に戻って、ベランダに出て、ヴァージニアスリムを取り出し、火をつけ、軽く肺まで吸い込む。
もう初めてのときみたいにむせたり喉が痛くなったりしない。
きっとセックスもそんなもんなんだろう。

ケータイを出してメールをチェック。
マサトから二通。
マメだな、と思う。多分、ヤルまでは。

あたしは左手でヴァージニアを持って右手で短い返事を打つ。

― I miss you ―

四年前までは三人で住んでいた高層マンションの25階から眺める夜空。
今夜は月が大きい。でも、まだ満月じゃない。

「マミちゃーん、まだ起きてる?」
ママの声が聞こえる。男とやってきましたよ、って言ってるみたいな、声。

「うーん、おかえりー」
 ヴァージニアを消して、一呼吸して、部屋から出て行く。

あたしはまるで犬のしっぽみたいに、パパとママの間を、ゆらゆら揺れながら行ったり来たり、見事にバランスを取ってる。
ずっと前から、多分、生まれたときから。

「パパ、元気だった?」
今夜のママは随分、機嫌がいい。

「うん、相変わらずだよ」
あたしとママはまるで共犯者みたいに視線を合わせ、ちょっとだけ微笑む。

「ねぇ、マミちゃん、明日の日曜だけど、一緒にお出かけしない?」
「どこへ?」
「篠原さんが葉山の別荘に連れてってくれるって言ってるの。目の前が海なんですって。お庭もあってバーベキューしようって。葉山なんてステキじゃない? それに、ほら、来週の水曜日、お誕生日だし、マミちゃんのお誕生日祝い、是非したいって言ってくれてるのよ」

どんな顔するんだろ、あの最中、この人。

「あたしはいいよ。カレシと渋谷行く約束してるし。なんだったら泊まってくれば? 平気だからこっちは」
「えー、でも、そういうわけには」
言いながらはにかむ41歳のママは、完全に恋する乙女だ。
あたしなんかよりずっと。

部屋に戻ってケータイを見ると、マサトから返事が来ていた。

― I miss you, too ―

あたしはもう一度、夜空を眺める。
動きの速い雲が、ときどき、明るすぎる月を恥ずかしそうに隠す。

「ねぇ、あしたは満月なのかなぁ」
独りごとを、声に出して言ってみる。

「十六歳になっちゃうよー」
バカみたいだ。

「あたしはバランスの名人だ」
幾らだって、一人でしゃべれる。台詞みたいに。

― あした、うち、来ない? だれもいないし ―

あたしはメールの返事を打つ。

送信して二分も経ってないのに、着メロが鳴る。
「いいの?」
「うん」
「だれもいないって」
「ママ、デート、男とお泊まり」
「マジ?」
「うん」
「・・・」
「来る?」
「もちろん! オレも泊まっちゃおっかな」
「ははは」
あたしは笑う振りをする。

大切なものなんか、なにもない。

「ねぇ、コンドームとか、持ってる?」
あたしは台詞みたいに、言う。

「まかしてよ」
マサトの弾んだ声が、どこか遠くで響いている。


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