その人は無遠慮に私を見つめている。


でも、少しも不愉快な感じがしないのは、きっとその目が、まるで幼子のように、小動物のように、悲しげに澄んでいるからかもしれない。


だから私もしばらく視線を外さない。


ホテルの1階、ロビーフロアにある、天井の高い清潔感のあるカフェ。

太陽の日差しが壁一面のガラス窓から容赦なく降り注ぐ、明るすぎる空間。


私と彼はまるで、森の中に棲むリスやウサギのように、
息を潜め、耳を澄ませ、視線を合わせて、言葉を交わさずに、語らう。


見た目から、日本人じゃないのは分かる。

でも、どこから来たのかまでは、分からない。


私は想像する、彼の人生を。


ヨーロピアン。
ダークブラウンの柔らかそうな髪、目の色もブラウン。
年齢は30前後、痩せていて、背は多分180センチくらい。

そこそこ成功していて、でも恋人と別れて、孤独。
そして一人、旅をしている。

読んでいるのは短編集。
コーヒーにはお砂糖だけ。
ワインを好むけど、ビールも飲む。
熱い食べ物は苦手、だけど辛い物は好き。

結婚したことはないし、この先も、多分、しないだろう。

とても静かに、穏やかに振る舞うけれど、
内面には激しさを秘めている。
エピキュリアンのくせに、世の中を憂いてみせる。
滑稽さの中に、悲しみを見つける。

自分は、どうしようもなく愚か者だと分かっていて、
でも、完璧だと思っている。

彼が、私に向かって微笑む。

キミは、もちろん、日本人。
ここは東京で、キミもこの街に住んでいる。
年齢は、ボクより少しだけ若い。
独身で、もちろん、恋人がいる。

仕事は、多分、人に接すること。
それもかなり多くの人に。

今、読んでいるのは、とても悲しい恋愛小説。
主人公の恋人が死ぬ話。

コーヒーはミルクがないと飲めない。
もちろん、シュガーも入れないとダメだ。
熱い物も、辛い物も食べられるけど、脂っこい物は苦手。

とても真面目で慎重だけど、そんな自分をどこかで嫌っている。

そして、恋人からそろそろプロポーズされるかも知れないと、恐れている。

私は、彼に向かって微笑む。

森の中はいつの間にか、しーんと静まりかえっている。

視線をはずし、お互いに手に持っている本に向かう。

あなたが今読んでいるのは、パートに出ている妻が浮気をしているんじゃないかという妄想にとらわれている、昼間からウイスキーが手放せないアル中夫の話ね。

キミが今読んでいるのは、死んだ恋人を忘れるため、他の男に抱かれようとしている女が葛藤しているところだ。

私たちは、本に視線をやったまま、クスっと笑い合う。

駄目だ、集中できない。
そうね、無理みたいね。

ここは明るすぎる。
ほんと、まぶしすぎる。

ボクたちみたいな小動物は、もっと森の奥の、木陰の、木の根の影のような場所が似合っている。
ひっそりと、誰にも見つからないような、安全な場所ね。

私と彼は、ふさわしい場所を見つけるために、そのカフェをあとにした。

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