中国・北朝鮮のミサイルへの反撃を狙う、国産「改・長射程ミサイル」の威力

スタンド・オフ兵器や超高速兵器の開発に力を入れる防衛省の真意とは?

 

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71642

 

 

2022.9.2(金)深川 孝行

 

 

 

12式地対艦誘導弾(写真:陸上自衛隊サイトより)

 

 

 

  日本が整備を進める「スタンド・オフ・ミサイル」とは?

 

 今年8月、令和5(2023)年度の防衛予算概算要求の概要が明らかになった。ウクライナ侵略戦争や中国による台湾有事、加速する北朝鮮の核・ミサイル開発などを背景に、防衛省は“強気”の5.6兆円を計上した。

 

 この金額はもちろん過去最高額である。その予算で目指している装備の中で最も注目すべき点は、「反撃能力」(敵基地攻撃能力)拡充のために「スタンド・オフ・ミサイル」という一般にはあまり馴染みのないアイテムの整備を目指していることだ。「スタンド・オフ」とは「離れたところに立つ」という意味合いで「敵の射程距離外」を指し「アウトレンジ」と同義語である。

 

 具体的には現用の「12式地対艦誘導弾(ミサイル)」の能力向上型である「12式(改):仮称」をできるだけ早く完成させて「反撃能力」の主役に据え、中国や北朝鮮が増強に血道を上げる長距離ミサイルへの対抗馬、「抑止力」として祭り上げる狙いがあるようだ。現在ウクライナに対し長距離ミサイルの無差別攻撃を続けるロシアの“戦争のリアル”を見せつけられ、「平和ボケ」から目覚めた日本側の慌てふためきぶりも何となく感じられて興味深い。

 

 ベースとなる12式誘導弾は2012年度から陸上自衛隊が配備を進める国産の地上発射型対艦ミサイルで、前作の「88式地対艦誘導弾(SSM-1)」が原型だ。中国の脅威を受ける南西諸島での運用を想定し、88式と同じくキャタピラ(装軌)式の装甲車よりも軽量で空輸もしやすく、足も速くて調達費やランニングコストも安く済む大型トラック搭載の装輪式なのが特徴だ。外観はウクライナ戦争で一躍有名となったアメリカ製「HIMARS」(ハイマース:高機動ロケット砲システム)と非常に似ている。 

 

 

12式地対艦誘導弾は8輪大型トラックに搭載された6連装ランチャーで運送(写真:陸上自衛隊奄美駐屯地・瀬戸内分屯地公式ページより)

 

 

 

 内陸の森林地帯に身を潜め、敵艦の方向に発射されたミサイルは敵のレーダーを回避するため地上数十mの低空を這うように飛んでいく。地上発射型でかつ山間部での使用が前提の場合は、起伏の激しい地形をクリアできる能力が不可欠で、この技術を有するミサイルは世界的にも極めて珍しい。この種の兵器にこれまであまり関心を持っていなかったアメリカが、中国海軍に対抗するため海兵隊が地上発射型の対艦ミサイルを導入する際、12式を大いに参考にしたとも言われている。

 

 

 

  改良型「12式誘導弾」の驚くべき威力

 

 12式は、事前にインプットした地図データと照合し、GPSからの情報も合わせながら最適な飛翔ルートを選び出し、微調整を繰り返しながら標的の手前数十kmまで到達すると今度は自前のレーダーを使って自ら標的を探知して突進する。「アクティブ・レーダー・ホーミング(ARH)」と呼ばれる誘導方式で、ミサイル発射後は操縦が不要な「撃ち放し(ファイア&フォーゲット)」兵器の典型でもある。

 

 敵に発見されて反撃を受けないように、操作要員はトラックとともにすぐにその場を離れて身を隠すことができる。「12式」の飛翔速度はマッハ1を少し下回る時速1000km程度、射程は200km以上(一説には250km)と予想され、尖閣諸島~八重山群島(石垣、西表、与那国各島など)間の約150kmを想定したものと考えていいだろう。

 

 12式(改)は12式を叩き台に射程やステルス性能の大幅アップ、地上発射型の他に艦艇(艦対艦型)や航空機からでも発射できるマルチ・プラットフォーム化としたのが大きなポイントである。

 

 とりわけ最大の売りである900km(一説には1500km)という長射程を実現するため「巡航ミサイル」に“変貌”している。原形の12式の外観は典型的な「ペンシル型」で“細身”なのに対し、12式(改)はひと回り以上大きくてごつく、ミサイル本体の中央付近に折り畳み式(発射後に展開)の大型の主翼を有し、高性能のジェットエンジンを使って時速1000km程度の亜音速(音速よりやや遅い速度)で飛び続けることができる。このため、もはや「使い捨ての自爆ジェット・ドローン」と言っていいだろう。

 

 

 ただし1000km先の目標までは1時間ほどかかるため、航行する艦船を標的にしたとしても1時間もたてば当初の位置から数十kmも動いてしまう。このため、哨戒機やドローン、潜水艦などでモニターしている最新位置情報を衛星を介して適宜受け取りながら、飛翔ルートを修正できる「UTDC(アップ・トゥ・デート・コマンド)システムも搭載するようだ。

 

 また巡航ミサイルの特徴として、事前にインプットされた飛翔コース・プログラムに従い、一見目標とは無関係の方向に飛び、大きく迂回しつつジグザグかつ飛翔高度も頻繁に変更しながら、最後は目標の“後頭部”に命中、という離れ業もこなす。ただし迂回したり空気の密度が濃い低空を飛び続けたりすればその分燃料を消費してしまうので、「最大射程1500km」とはいうものの、実際は「6掛け」程度に考えたほうがいい。

 

 前述のようにミサイルは高高度を飛べばそれだけレーダーにキャッチされやすいのだが、12式(改)はレーダー反射を極限まで抑えたデザインに加え、おそらくレーダー波を吸収する特殊素材を盛り込んでステルス性能をアップさせているため、高高度を飛び続けたとしても既存のミサイルに比べて発見される確率はかなり低くなるはずで、これは実戦での飛距離アップにも直結する。

 

 なお12式(改)の実戦配備は当初2026年度を予定していたが、これを2年も前倒しして2024年度には実戦配備するという。自衛隊が予定を繰り上げて新装備を配備するのは異例だ。また一部報道では継線能力の確保、つまりは「弾切れ」を防いで戦い続けられるようにするため1000発以上の保有を目指しているという。

 

 

 

  高性能化が著しい中国軍の対空ミサイルに対抗

 

 ここで「なぜ多額の費用を注いでミサイルの長距離化を図らなければならないのか」という素朴な疑問がよぎるだろう。

 

 これには「反撃能力」との看板どおり、仮に中国や北朝鮮が日本国内にミサイル攻撃を仕掛けたり、または仕掛けようとした場合、12式(改)の「対地バージョン」を使い、相手側の領空・領海には侵入せず、はるか遠方の“安全圏”から相手側の内陸の発射台をピンポイント攻撃できるぞ──という抑止効果を大いに狙っているのである。

 

 だがその一方で、特に中国軍のレーダー能力や対空ミサイルの射程距離が近年アップしているため、既存の射程500km未満レベルのミサイルの場合、これを搭載するプラットフォーム(艦艇や航空機など)自体が相手側の対空/対艦ミサイルの餌食になる危険性が高くなってきているから、という事情もある。

 

 加えて「実は防衛省は12式(改)の“潜水艦発射型”も当然念頭に置いているはず」と推測する向きもある。スタンド・オフ・ミサイルをどれだけ装備しても、これを搭載する航空機や艦艇、トラックは案外上空から「丸見え」なので狙い撃ちにされる危険性がかなり高い。その点、海中に潜む潜水艦は探知されにくいため、「最後の切り札」としての抑止効果は抜群だろう。米・ロ・中・英・仏の核保有5カ国がいずれも核ミサイル搭載型の原子力潜水艦を核戦力の1つとして保有しているのは、まさにその理屈である。

 

 

 そして日本もこれにならい、当初は潜水艦の魚雷発射管から発射されるようなバージョンを開発、さらに前述の核保有国が装備する弾道ミサイル原潜のように、艦の中央部に12式(改)用の垂直発射システム(VSL)を複数並べた潜水艦を新造し、潜水艦内に収納できるミサイル数を増やして、反撃能力の強化に努めることも視野においている可能性は高いだろう。

 

 

 なお防衛省はすでに数年前から各種スタンド・オフ兵器や超高速兵器の開発・調達に力を入れ、12式(改)の他にも、

 

●「JSM」:ノルウェー製のF-35ステルス戦闘機用の空対艦/空対地巡航ミサイルで射程500km


●「JASSM(ジャズム)」:アメリカ製のF-15戦闘機用の空対地巡航ミサイルで、長射程型の「JASSM-ER」の射程は900km


●極超音速誘導弾:国産開発中の地対地ミサイルで飛翔速度はマッハ5以上、高高度を飛ぶがコースを頻繁に変えられる


●高速滑空弾:国産開発中で対地/対艦用弾頭をロケットで高高度に打ち上げ、上空で切り離しグライダーのように滑空しつつGPSなどを使いながら目標に命中させる、射程は500km前後か

 

 などを2020年代に目白押しで配備する目論見だ。

 

 

 

F-35から発射されたJSM(写真:Kongsberg Defence & Aerospace)

 

 

 

JSMの目標到達の瞬間(写真:Kongsberg Defence & Aerospace)

 

 

 

 

  弾道ミサイルとの比較は“ナンセンス”

 

 一部メディアは12式(改)の導入を「中国とのミサイルギャップを埋める」と報じている。

 

 アメリカ国防総省の資料などによれば、中国の中距離弾道ミサイル(IRBM:射程3000~5500km)は1900発だと推測するが、世界的権威である『ミリタリーバランス2022年版』では、IRBMは110発以上、射程距離1000km~3000kmの「準中距離弾道ミサイル」(MRBM)194発、同1000km未満の「短距離弾道ミサイル」(SRMB)189発、GLCM(地上発射型巡航ミサイル)108発と推測し、何ともはっきりしないのが実情だ。

 

 それ以前に、基本的に核爆弾の搭載を念頭に置き比較的長射程を狙う弾道ミサイル(野球ボールをフライで投げるように弾道は重力に従って放物線を描く)と、巡航ミサイルの12式(改)では、そもそも兵器システムとしては別次元のものであるため、比較するのはナンセンスだろう。ちなみに日本がこの「ミサイルギャップ」に真剣に対抗するとなれば、純軍事的に考えて、やはり核搭載を前提に置いた「弾道ミサイル」以外にないだろう。

 

 それでも、手札として1000km超のミサイルが皆無の日本が、自前で保有に漕ぎつけたという「アナウンス効果」はインパクトがあるはずだ。

 

 

 

 また、あまり注目されないが「国産」の意義も案外大きい。

 

 防衛省はアメリカ製の空対艦ミサイルLRASM(ロラズム:射程900km)の採用を検討していたが、アメリカ側は日本の足元を見たようで、既存のF-15戦闘機に大幅改造を加えてLRASMを搭載できるようにするためのコストを当初800億円と表明していたものの、部品が足りないだの、飛行試験に変更があるなど“難癖”がついて最終的に5000億円以上にも膨れ上がる始末。さすがの防衛省もこの取引をご破産とした。

 

 この事例からも分かるように、同盟国といえども「兵器取引はあくまでもビジネス」ということを肝に銘じるべきで、外国製のスタンド・オフ・ミサイルを導入する際の価格交渉の“取引材料”としても国産武器の開発は必須なのである。

 

 

 加速し始めた日本の長射程ミサイル戦略に、中国や北朝鮮はいかなる反応を示すだろうか。