ただいまーです。


今日は僕の恩返ししたい人、尊敬する人を御紹介します。


僕の家系は、大阪と愛媛に親族がいます。前にも少し、ブログで紹介しましたが、僕の母の1つ上の姉に当たる方、僕にとっての、おじさんおばさんになりますが、この方たちに、僕の家は助けてもらいました。


僕の父は、僕が小学校5年生の時に脱サラして、事業を始めました。この時父は50歳ぐらいです。父は事業始めてから約1年半ほどは、順調に仕事をこなし、当時月収は300万程あったみたいです。しかし、法律の改正、投資の失敗に伴い、父の事業は僕が中学生にあがるころには、完全衰退し、年収が100万円まで落ちました。その時、僕の家の家計は、住宅ローン、事業用資金の銀行等からの借り入れの返済で、火の車になり、にっちもさっちも行かない状態にあり、自己破産のところまで来ていました。当時の僕は、このことを知る余地もありません。


この時、父に頼まれ、母は、自分の姉に、泣きながら1通の手紙を送りました。


今思うと、当時母は頭にハゲが、何か所も出来てたことを、昨日の事のように僕は思い出します。当時の僕は何も感じずに、母の頭に、薬を塗っていたのを覚えています。勿論、僕はまだ、小学生でしたから、家計の心配など微塵も感じていませんでした。

この時、僕の家は、細かく金額は言えませんが、数百万円を、おばさんから、無担保、無利子、返済期限は無しで貸していただきました。このことを、僕が知ったのは、大学生にあがるころだったと思います。


その時、僕は、一家として、おばさんたちに(生きているうちに)恩返ししなくてはいけないと、心底思いました。


なんせ、このお金がなっかったら、僕は中学生にあがる前に、家は自己破産し、家族崩壊になり、義務教育すら受けられる状態ではなく、中学生にして、路頭に迷っていたことでしょう。

この貴重なお金が、僕が普通に義務教育を受け、県立の高校、大学入学、就職というルーツが出来ました。


このおばさんたちは、関西の建設業界、不動産業界等では、知らない方はいないというぐらい名が通っていると思います。


なぜ、お金を貸してくれたのか?本当に苦労したのをおじさんおばさん自身があったからだと思う。

このおじさんの名は、僕たち、親族のあだ名は○坊(○は書けませんが)と呼んでいます。このおじさんの生い立ちもすごい大変なものです。


少し、おじさんの生い立ちから、現在を書きます。

18歳の時、土建業やっていた家が自己破産。18歳にて、約3,000万円の借金を背負う。借金取りから逃げ回る日々。僕の母さんの家にかくまってた時期もあります。


なんとか借金を返そうと、商業高校卒業なのに、父と同じ建設業界に。

最初は、鳩の糞とりから仕事を始めた。22歳にして、3,000万円の借金は完済し、23歳で、3,000万円の土地購入。この土地が、道路拡張により収用で、1億2,000万円になって返ってきた。ここから、小さなユンボ買って、本格的に、道路舗装工事業を始める。今現在は、土建業、貸しビル業、リサイクル事業等。数個は会社あると思いますが、この間、僕が見たのは、建設業界もここ数年、衰退していて、最大手から、大手企業でさえも、赤字決算が多い中、ものすごいキャッシュフローと、利益余剰金の額。

ここまで、成功を収めているのに、○坊は朝4時に起きて、会社にはいまだに一番に出社している。全社員が出社するのを見届けてから、いったん家に帰って食事をする。仕事に対する熱意、社員を見届ける愛情がそうするのだろう。


1つ僕は、ものすごい感動たことがあった。自宅の中に7円ほど机の上にお金が落ちてた。総資産数百億は下らない家庭の主が、大切そうに7円を拾ってポケットに入れるのを僕は見た。僕たち親族には、お金を出していただけるのに、家に落ちていたお金は、たとえ1円であっても、自分が血のにじむ様な苦労してきたお金だから、大切にするのだろう。


○坊の息子、僕のいとこに当たる人も、決して、自分ちがお金持ちであることを自慢しないし、父が苦労して築きあげた土台に、泥を塗るようなことはせず、一生懸命に働いている。


僕は、この家庭のおかげで、幼稚園生ぐらいのときから、社会に出て、若いうちに自分で仕事をやってみたいと思うようになった。一種のあこがれもあったと思う。このおばさんに、「人生には、3回チャンスがある。そこを見極めて、正しく行動すること。」と言われた事を思い出す。成功ばかりの人生じゃないと思うが、失敗の中にチャンスがあるという意味だと思う。


僕は今、小さな小さな会社を切り盛りしているが、到底ここまでなるのは正直、ど厳しいと思う。どの時代も、どの業種に携わる人も、あこがれの方を追いかけることがあるだろう。


人はそれぞれ、暴力で壊せるものの範囲、責任をどれだけ取れる人か大小さまざまである。


僕はったった一度の人生、このおじさんおばさんのように、大きな責任をとれる人間になりたい。出来るだけ大きく、強く。


僕は、おばさんたちに、助けられたまま、まだ恩返しもできていないし、正式に、お金を貸していただいたこと、助けていただいたことに対して、ありがとうございましたとの感謝の言葉すら伝えていない。知ってから何年もたっているのに・・・


僕は思う。出来るだけ早く、胸を張って、感謝の気持ちを伝えたい。


今現在を、精一杯生きる。そして、近いうちに、顔を出して、今、僕にあるこの環境はおばさんたちが作ってくれたことを感謝するべく、仕事を精一杯頑張ることを決意している。