猛暑の長~い夏から秋の訪れを強く感じられたのは昨日(9/10)の早朝、駅へ向かいながらだった。
日の出がかなり遅くなって来たし、日没もつるべ落としのごとし…
若かったころに流行ったNSPの“夕暮れ時はさびしそう” http://www.youtube.com/watch?v=o89JAbD0anQ
という歌が思い浮かんだ。
このNSPの天野滋氏も今では故人になってしまった。そう云えば好きだった歌“初恋” http://www.youtube.com/watch?v=TIb_I8ky8aE
の村下孝蔵氏も亡くなって既に11年も経った。享年46歳の若さだから同世代の自分としてはとても衝撃的な訃報だった。同世代の訃報では河島英五氏も記憶に残る。殆んど同じ歳だったと思う。
最近自分が歳をとったせいか身近な方々の訃報が多くなって来た。高齢(化)社会と世間では云われているけど長寿が約束されているわけではないから特に健康管理には留意しなければいけない。
幼児と老人は朝の目覚めが早いと云われるけれど今になって何となくその理由が判って来た気がする。
幼い子供達は体の成長と希望に満ちた明日がただただ待ち遠しくて…老いた人達は余生を思うと勿体なくていつまでも寝ていられない感情が知らず知らず内在しているからではないかなぁ。
今週の月曜日の早朝、自宅から最寄りの駅までの途上で道端に“ハクビシン”が死んでいた。最近我が家の界隈にまで生息地を伸ばして来ていて、夜行性でありながら日中から目にすることがある。都心から30km圏内の街だけれど残された自然は却って故郷よりも豊富にある。
この地へ越して来て一番感じたのは野鳥の多いこと。故郷では見たことのない“キジ”“コジュケイ”“ヤマガラ”“コゲラ”“コガラ”“オナガ(市鳥)”“シジュウカラ”“メジロ”“ウズラ”“カルガモ”“チョウゲンボウ”“シラコバト”…数え上げたら限がない程。駅のホームで電車待ちしていると線路脇から“コジュケイ”が‘チョットコイ…チョットコイ…’と頻りに啼き続けている。
ほんの数年前までは都内に一戸建て住宅を構えたい夢を持ち続けていた。しかし、近年我が家を取り巻く環境が急激に変わって来て、近くには大型ショッピングセンター、総合医療施設や有名大学のキャンパスが進出して全く不便さを感じさせなくなった。定年まであと数えるほどしか残されていない自分にとって東京までの通勤はもはやマイホーム造り関しては視野に入れなくていいと思えるようになったのは丁度3年前だった。
当時、住宅ローンが完済になった直後で何となく虚脱感に襲われていたのだ。五十路の下り坂を通り過ぎようとした時に何の計画もなく新たなマイホーム造りを決めた。