結婚式専門司会者 Free Bridal  中野梨沙です。

 

当時は今ほどインターネットが主流ではなかったので、

色々なスクールや講座が載っているような

冊子、雑誌で司会者スクールを探しました。

 

どれもこれも高かったので、一番安くて、

初心者でもOKというスクールを選びました。

 

 

それが私の師匠となる、

「青木孝太郎氏」です。

 

この後、書いて行きますが、実は色々あったので、

実際にこの事務所ではデビューはできませんでしたし、

一緒にお仕事をすることもありません。

 

しかし私が20年近くこの業界にいて、

「尊敬できる司会者」「かなわないなと思える司会者」は

後にも先にもこの方だけです。

 

 

スクールは平日の夜だったので、

通いやすいようにデパートの仕事は辞めて、

定時で上がれる派遣社員の仕事に転職しました。

 

 

スクールでは司会者としてのノウハウを

たくさん教えていただきました。

まだ右も左もわからない中、司会のことだけではなく、

ブライダルのこと全般教えていただきました。

 

 

今でも苦手な早口言葉やセリフ覚えなどに

とても苦戦しました・・・

そしてここだけに限らずですが、とても厳しかったです。

今自分も教える立場になってわかりますが、

心が折れそうなことが何度もありましたし、

実際折れたので、ここでデビューすることが

できなかったのです・・・

 

 

でも仲間がいました。

 

「のりさん」同時期に学んでいた仲間。

少し年上でしたが、帰り道色んな事を話しながら

帰ったことをとても覚えています。

いつも優しい笑顔で、安心感がありました!!

「のりさん」そろそろ会いたい!!

 

 

 

そして私より先に入られて学ばれていた先輩

「瀬戸口さん」

「瀬戸口さん」はもう当時からめちゃくちゃすごくて、

もう尊敬しかない!

え!もうプロじゃん!って思わせるレッスン生でした。

 

いつも寄り添い話を聞いてくれて、頼りになる兄貴でした。

またあとで書きますが、現在もブライダル業をされていて、

一時期、司会のお仕事を定期的にいただいていました。

本当に感謝しかありません!!

 

 

 

私はのちにプランナーの養成講座にも通うのですが、

でも間違いなく私の司会者としての基本や、セリフは

ここで教えていただいたことが基盤になっています。

 

 

青木さんには今でも大変感謝しています。

 

数か月間の講座を受け、最後にオーディションがあり、

そこに合格すると現場見学をし、その後司会者として

その事務所でデビューできるという段取りだったと思います。

 

 

私は最初のオーディションで、「準合格」という、

合格には達しないが見込みはあるということで、

現場見学へのチケットを手にしたのです。

 

 

このことを書くにあたって、いただいた資料を見返して

いたのですが、かれこれ21年前でした。

少し忘れかけていたのですが、このころの

「司会者になりたい!!」という

強い気持ちがぶわーっとよみがえってきて、

少し泣きそうになりました。

 

 

いよいよ私は実際の結婚式の現場見学を

させてもらことになります。

そこでは本当に多くのことを学び、

なくてはならない時間だったと実感しています。

あれがあったからこそ、私はその後一人で歩き出すことが

できたんだと思います。

 

 

Free Bridal 中野梨沙

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結婚式専門司会者 Free Bridal 中野梨沙です。

 

前回からの続き。

念願のデパガになって、開店前挨拶でマイク業務に

興味を持って(そういえば迷子の館内放送もしました)

そこからどうやって結婚式専門司会者を目指そうと

思ったのか!!です。

 

 

百貨店で働いている間に私は、1回目の結婚をしました。

22歳くらいでした!

早かったと思いますが、母も早くに結婚をして、

私を産みましたし、当時はちょっぴりそうしなきゃいけない

状況もあったりして、まだまだ子供なのに、

少し焦っていた気がします。

 

なんならウェディングが好きだから、結婚式がしたかったのかも

しれませんw

今思うとw

 

 

私が結婚式専門司会者になるまで① | 結婚式専門司会者~Free Bridal 中野梨沙~

 

↑ここでも書きましたが、私はなぜか!!

結婚式に興味があって、

ウェディングに憧れがあって、これがなんでだったか

今となっては本当に自分でもわからないのですが、

まだこの職業に就く前なのに、

結婚式の色々なアイデアがあったし、

それを考えている時間が本当に楽しかった。

 

 

いざ自分が結婚式をするとなったら、

・本当に当時ではあまりないような演出をやったり、

・今となっては当たり前であるようなことを

やったりしました。

想いが形になって本当に楽しかった!!

 

 

一つ一つの演出も、アイテム探しも楽しくて、

当日まで何度も、具体的にイメージ(想像)を

していました。

これは今でもそうで、具体的に時系列を追って、

人の会話や立ち位置まで

想像しながら準備をしていくことが多いです。

 

そんな中で出会ったのが、

結婚式司会者です。

 

 

初めて結婚式を挙げてみて、驚いたことは、

プランナーさんはこれまで1年~半年かけて、

一緒に準備をしてきてくださった相棒というか

先導者であるのですが、当日はいない、

ずっと立ち会うわけではなく、最初と最後にちょっと

顔を出してくれただけ。

 

これは分業制の会場であれば当たり前ですし、

今は一貫性の会場もありますが、当時は一貫性の

会場はまだまだ少なく、そのこと自体を

自分が経験するまで

知らなかったので大変驚きました。

 

 

また司会者さんとヘアメイクさん以外は

初めましてのスタッフに囲まれて不安でした。

(司会者さんとヘアメイクさんも1度会っただけです)

 

 

当日仕度をしている間中、

「プランナーさんに会いたい」と思っていましたし、

会えた時には安心して泣いてしまいそうだったくらいです。

 

 

司会者とは今も昔も、基本的には打ち合わせは

一度きりです。

こんなに進化した社会の中でも、

ウェディング業界でも、

これは残念ながら20年たっても変わらないことです。

 

 

しかし特別な事情があったので、何度か

当日までお電話でお話ししました。

これも私がプランナーさんにお願いして

そうしてもらっていました。

 

 

その時、大変親身にお話しを聞いてくださったこと、

そして当日も常に近くにいてくれたので、

安心したことを今でも覚えています。

 

 

 

 

この安心感が必要なのは少数派なのでしょうか。

当日実際に立ち会い、取り仕切るのは司会者なのだから、

司会者と進行の相談をするほうが効率的だと

思いますし、ミスも減る。

また近年の人員不足やプランナーの経験不足を

カバーできるのもこれだと思う。

プランナーさんの負担が大きすぎる。

 

 

 

だから私は、

何度も当日まで会える(コミュニケーションが取れる)

「プランナーのような司会者になろう!!」

そう思ったのです。

 

自分の結婚式の経験や、

この湧き出るアイデアや演出を武器に

「プランナーのような司会者になる!!」

そう思い、この仕事を目指すことになりました。

 

 

デパートの受付も本当に魅力ある仕事だったのですが、

当時は若くて綺麗な時期しか働けない印象でした。

30代に入ると、裏方に引っ込まなくてはいけない雰囲気。

 

また早番遅番、不規則な勤務。

子供が産まれたら難しいなとも思いました。

 

プランナーさんになるという手もあったのですが、

先ほども書いたように当時はまだまだ分業制の会場が

多く、結婚式当日立ち会えないなら、プランナーさん

じゃないなと思ったのでした。

 

 

こうしてデパートの受付を思い切ってやめて、

「結婚式司会者」スクールに通うことにしました。

 

 

Free Bridal 中野梨沙

 

 

 

 

 

結婚式専門司会者 Free Bridal 中野梨沙です。

 

前回からの続きです。

デパートでの仕事の中で、私が特に心躍る業務が、

「開店前挨拶」でした!!

 

 

これは10時の開店前に、マイクを使って、

扉の前で待つお客様にその日の催し物のご案内を

することでした。

これがもう!!かっこいいのです!!

 

 

決まったセリフがあるのですが、ご挨拶とその日の

催し物のご案内、英語でのご挨拶をする業務です。

みんなで回していたので、早番勤務の際に、

月に数回回ってくる業務だったと記憶しています。

 

 

まずセリフの練習です。スラスラ、暗記をすることが

求められます。

しかも!!英語話せないので大変苦労しました!!

 

 

何度も練習して先輩から合格をもらえるまでは、

デビューできない仕組みになっていました。

早くやりたくて、必死に練習しました。

 

デビューできた時には本当に嬉しかった!!

当時はスマホなんかなかったですけど、

動画撮っておきたかったし、みんなに見てもらいたかった!!

(開店前業務なのでなかなか家族友人に見てもらうことは

なかったのですが・・・)

 

お気づきだと思うのですが、私の司会者の原点は

まさにここです!!

人前でマイクで話すこと。

こんなに気持ちの良いことはない!!

 

 

ただし私はこの時まだ独身。

結婚式の司会者という仕事には結びついて

いませんでした。

 

無事に開店前挨拶デビューをしたり、

あとは案内所も先輩としか入れなかったのが、

1人で入れるようになったりと、

着々と経験を積んでいきました。

 

 

女性ばかりの職場でしたので、

もちろん大変なこともありましたが、

綺麗な先輩がたくさんいたり、

可愛い制服が着れたり、夏には浴衣勤務もありました。

(デパートの素敵な浴衣を借りたり、自分で着つけられるよう

練習したりもしました)

デパートの化粧品もブランド品もこの時が一番

買いましたし、

デパ地下グルメも堪能しました!

(社員割引があったり、かなりお得にゲットできたり)

芸能人を見ることもありましたし、撮影が行われるようなことも

ありました(ミーハー!!)

 

土日も大晦日も元旦も、当時は営業していたので、

まわりの友達と休みが合わなかったり、

連勤だと大変だったりもしたのですが、

もうとにかく楽しくて、華やかで、最高のデパガ生活を

楽しみました!!

(本当に焦らずにもう少し働けば良かったなぁ)

 

 

 

次回はいよいよなぜ結婚式司会者を

目指したか!!のお話しです。

 

 

Free Bridal 中野梨沙

 

 

 

 

 

 

 

 

結婚式専門司会者 Free Bridal 中野梨沙です。

 

 

前回からの続き。

ついに、ついに、憧れのデパガに!!!(古いw)

 

百貨店の案内所勤務です。

目指していた企業の受付よりも、

もっともっと

華やかな場所に転職しました。

 

本当はどこの百貨店か書きたいくらいですが、

書いていいかわからないのでやめておきますw

当時は百貨店の中でも一番有名な場所といっても過言ではない。

中心的な場所の受付嬢になりました!!

 

ここで働けたことは、今でも私の自慢ですし、

私史上、一番華やかな職場でした。

 

 

まずとってもモテましたw

色んな店舗から差し入れをいただいたり、さすがの花方部署。

存分にちやほやしていただきましたw

 

しかし仕事内容は大変で、

基本的には受付に来られるお客様に対し、

館内や、時には周辺エリアに関してもご案内すること。

 

そのために案内所に居る以外は、店内をぐるぐると歩きまわり、

お店の名前だけではなく、どんなアイテムがあるか一つづつ

覚える必要がありました。

そのおかげで百貨店ブランドや、デパ地下は結構知っていて、

それはのちにウェディングに携わることになった時に、

とても役に立ちました。

 

 

例えば「とらや」は入っていますか?という館内にその

店舗があるか、ブランドがあるかという質問はもちろん、

「カフスボタンはありますか?」などの具体的なアイテムへの

質問もあり、どのお店と

どのお店で置いているかを知っておく必要がありました。

 

またうちにない場合は、近隣のどこにあるか

ご案内する方針だったため、それも把握したり、

メディアで放送されたものも把握。

(テレビ情報、雑誌の掲載なども本当にたくさんで

すべて把握する必要があった・・・)

 

 

あとはなぞなぞのように、一部分だけの情報でくる

お客様の話も伺って答えを出すことも苦労しました。

(大抵このような話は間違っていて、うちではなかったり、

勘違いも一部含まれていることが多い)

 

 

 

もちろん店舗に内線をして確認することもできるのですが、

店舗スタッフが内線に出られないこともあったり、

内線すると時間がかかり、

お客様をお待たせすることにもなりますし、

それではさばけないくらい多くお客様がいらっしゃる場所でしたので、効率化のためにも即答が求められました。

 

その百貨店は土日ともなれば、一日に何万人もくるような

お店でした。案内所に来られるお客様の数も多く、

毎日たくさんのお客様の接客をしていました。

 

そのため百貨店の中にある何千というアイテムの

店舗の名前、階数、場所を把握していました。

 

可愛い制服を着て、店内を歩いたり、

案内所にいる。

私が入ったくらいから、エレベーター勤務はなくなったのですが、

まさにデパガ!!

 

 

そんなお仕事をしていました。

大変なこともあったのですが、なんせクリニックの受付で

院長にこてんぱんにされて来たので、

ここは私にとっては、とても楽しくて、やりがいのある、

華やかで、最高の職場でした。

 

ここでの接客、知識、ホスピタリティは、

のちに私が若くして起業する上で、

大きな武器となりました。

 

それらがあったからこそ、信用してもらえたり、

安心してもらえることも多く、

本当にすべては無駄ではない、

つながっているんだと思います。

 

 

基本的には人生の選択肢で、あまり後悔なく、

進んでいるのですが、ここだけはもう少し続ければ

良かったなぁと今でも思っています。

 

でもその決断が結婚式司会者につながっています・・・

次回に続く。

 

 

Free Bridal 中野梨沙

 

 

 

 

 

 

結婚式専門司会者 Free Bridal 中野梨沙です。

 

前回からの続き。

2日で辞めてしまったので、また仕事探し。

次に見つけたのは、私の人生を大きく揺るがすことになる

場所となります。

 

 

決まったのは「クリニックの受付」の仕事。

 

  • 患者様の受付
  • カルテ出し
  • 電子カルテの入力
  • 患者様の誘導や診療補助
  • 処方箋を出す
  • 会計

これらが主な業務で、

やっと自分が思い描いていたような仕事でした。

 

 

ただし、人生そう甘くはありません。

ここではかなり厳しい、いわゆる理不尽なこともたくさん

おっしゃる院長が居ました・・・

 

 

院長の名誉のために補足すると、

ここでは本当に苦しい思いをしましたが、社会人としての

基盤を作っていただいたのは間違いなくここです。

ここがなければ、今の私はないと言っても過言ではなく、

やり方はどうであれ、社会人の基本を叩き込まれたのは

この場所です。

 

 

本当に毎日毎日理不尽だ!と思うことはたくさんあって

何度院長に怒鳴られたかもわかりませんし、

たくさん泣いて、もがいた職場で、

本当に多くのことを学ばせていただきました。

 

ホスピタリティはもちろん、パソコンやプリンターの基本的なこと、

上司との接し方、コミュニケーションについてなど、

ここでようやく高校生から社会人への階段を上り始めたと

思います。

 

また社内研修の一環として、

JALアカデミーを受講させていただいたのですが、

そこで私の意識は180度変わりました。

 

本当に目から鱗とはこのことで、たった一日の講座だったのにも

関わらず、人生が変わった!!と思える講座だったので、

これを受けさせて下さった院長に感謝なのです。

 

この講座の後は、ぐっと自分も成長し、理不尽な院長へも

うまく対応できるようになり、仕事にもだいぶ慣れていきました。

 

怒鳴られる回数もめっきり減り、院長の信頼も少しづつ

得られていった感覚になり、だいぶ仕事にも慣れていきました。

 

そんな中、良いのか悪いのか、自分に自信がついた私は、

「もっと大きな所で受付の仕事がしたい!」と思うように

なります。

 

企業の受付などもっと華やかな場所へ!!

高卒ですし、社会人もまだ3年目。

そんな大きな場所への転職はちょっと難しい。

 

サービス接遇検定を受験したり、市の手話講座を受けたりして

準備をしていきました。

 

そんな中、契約社員の枠で、百貨店受付の求人を見つけ応募。

受付なのに、なぜか試験はタイピング!!

商業高校出身なので、タイピングは得意!!

そのまま面接も突破し、見事合格しました!!

 

 

あんなにぶつかった院長も、この時とても快く送り出して

くれたことを覚えています。

そしてこの転職をとても喜んで下さいました。

実はこの後、何度か職を失うタイミングがあるのですが、

その時にはいつも短期間(次の仕事が見つかるまでの間等)

事務員として働かせてくださって、本当に懐の深い院長。

あの時は本当にありがとうございました。

 

 

またこの職場でのつらい時期に、私に寄り添ってくださった

先輩がいました。

彼女が居なければ乗り越えられなかったかもしれない。

他のスタッフが知らんぷりする中、その先輩だけは、

寄り添ってくれたのはもちろん、社会人として大切なことを

たくさん教えてくれました。

たぶん私が初めて憧れた大人の女性だったと思います。

8つか9つか上の彼女は、私からはだいぶ大人に見えた。

ここ数年会えていないけれど、今でも繋がっている先輩。

こじこじ、本当にありがとう。感謝しかない!!

(ずっと連絡取っていないけど、仏のようなちぐちゃんも

あの時はありがとう!)

 

 

 

さぁ私はついにデパガに!!(言い方が古いw)

 

 

Free Bridal 中野梨沙