先日のこと、4月の終わりと思えぬ寒さと冷たい雨が降る夕方、千駄木方面へ妻と散歩がてら、お茶を飲みに出かけた。
カフェで窓際の席を陣取り、本を読みふけること2時間。
気がついたら、夕飯の時刻になっていた。妻に「何か食べて帰ろうか?」と聞いてみると、
「春木屋に行ってみない?」とうれしい返事が返ってきた。
そう春木屋はずっと気になっていた店で、店の前を通るたびにいつか行ってみたいと思っていた。そのいつかが今日だったのだ。

外でメニューを軽くながめ、おそるおそる妻がガラス扉を開けた。
「暖か~い!」妻が大きな声で言った。目にとびこんできたのは、大きな石油ストーブと大きなヤカン。冷えた体を一気に温めてくれた。

店主であろうおじいさんとおばあさんが、ちょっぴり驚いた様子で、「いらっしゃいませ」と近づいてきた。
テレビの見える4人がけのテーブル席に案内され、あらためて店の中を見る。朱色のテーブルとイス。壁の鏡。油の染みたメニュー表。「懐かし~い」を連呼する妻。昭和へ一気にタイムスリップだ。こういうお店を懐かしいと思える最後の世代ではないだろうか?



私は支那そば、妻は中華丼を頼んだ。
厨房へ消えていったおじいさんとおばあさん。
暖簾の向こうで仲睦まじく調理している姿がみえる。
しばらくすると、支那そばが運ばれてきた。ドンッと乱暴に置くおじいさん。機嫌が悪いのかなと心配したら、どうやら熱くて持っていられなかったようだ。
う~ん、イイ臭いだ。いまどきのつけ麺だって、こってり系のラーメンだって大好きだ。でも、一番好きなのは、シンプルな昔ながらのこういうラーメンなのである。

中華丼も運ばれてきた。スープとキュウリのぬか漬けが付いている。

無言で食べる私たち。その横で、テレビに釘付けになっているおじいさん。大阪万博の様子がテレビで映っていた。
懐かしいのであろうか、真剣に観ている。手にはお茶碗いっぱいに入った細かく刻んだハムを持っている。おばあさんが「おじいさん、私、お茶を買いに行って来るよ。」と出かけていく。数分後、手にお茶を持って帰ってきた。
その後、おじいさんは厨房からご飯と味噌汁、おかずを運んできて、夕飯を食べ始めた。
妻がいきなり「どうしよう。一万円札しかない。悪いよね?」と言ってきた。もしお釣りが足りなかった時に老夫婦にとって、両替をしに行くのは一苦労である。
運良く、私の小銭入れに、ぴったしの金額が入っていた。「ごちそうさまでした。お会計お願いします。細かいのばかりでスミマセン。」と言うと、「いいえ、本当に助かりますよぉ~。」と言ってくれたおじいさん。良かった小銭を持っていて。
「こんな雨の中、わざわざありがとうございます。」と続けるおじいさん。優しい言葉に心が癒された。
店を出ると、妻が、「昔、読んだ林真理子さんのエッセイに書いてあったんだけど、林さんって、自分が使う原稿用紙とか、街の小さな文房具店で、なるべく買うようにしているんだって。」と言ってきた。
老夫婦が切り盛りする、街の小さな店。これからもずっとここにあり続けてほしい。

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