アイタタタタタ
昨夜は荒れとりましたな~

あのスゲエ気圧の通過に加えて、生理の直前・開始に加えての身内との関わりだったので、余計に調子を崩したものらしい。
今朝はかなりの頭痛でたまげました。
怒りながら、呑まずにはおれぬ!
とお酒まで呑んでブログを書いたものだから、自分でもナニを言いたくて書いたのかわからん始末。
・・・・・・・どうもすみません
要するに、ブログを書くようになってから今までの私は、
アダルトチルドレンとして、境界例として、『本来の自分とは何なのか』という事を模索して来た。つもりだ。
親や身内や周りの人間から、
自立しよう、自己を確立しよう、自分という人間を取り戻そう、
自分を尊重して生きよう、自分自身として気分良く過ごそう
と思って来た。
そうして、私自身の意志や考え、感覚や気持ち、怒りを除いた感情を大事にしていると、
周りの一部の人達とは上手く行かなくなり、軋轢を起こして来た。
今回は、上の叔母と冷戦状態に入ったということだろう。
上の叔母は、過干渉・過保護タイプで、『毒になる親』の本から引用すれば
“「神様」のような親” と “コントロールばかりする親”の混合タイプだと私は思っている。
上の叔母は、できる限りのお金を出し、口を出し、それをいかにも“お前のために言っている”という状態を作り上げ、
私を自分の言いなりにさせよう、コントロールしようとしてきた。
この辺は同僚Mさんととてもよく似ている。
彼女の指図やコントロールから離れて、“自分自身の考えで”仕事をしようとした私は、
同僚Mさんと険悪な雰囲気になりかけたことがある。
私も自己愛性の人に依存していたから解るんだけど、
自分から離れて行く相手へは、怒り(たぶん恐怖も)と、見下しやこき下ろしの感情を持つ。
昨日の私は、上の叔母の怒りと、見下しやこき下ろしに当てられたので、
過剰だったものの“自分自身として”怒りを感じるのはある意味当然かもしれない。
とは言え、一晩経って落ち着いてみると、
『あんなのは上の叔母が勝手に思ったり言ったりしていること。私には関係ないわ
』とも思えてきたりする。
久々に『毒になる親』を読み返してみたけど、過干渉・過保護のコントロールをする親もまた、
“見捨てられる恐怖”を持っているものらしい。
子が自立し独立していくことで、“依存してもらえない”という恐怖を持つのだろうか。
子から依存されない・頼られないという自分に対しての存在価値がなくなったと感じて怒り、
その怒りによる脅し(罪悪感や見捨てられ不安を刺激する脅し)を使って引き止めようとするのではないか。
見下しやこき下ろし、嘲りなどを使うのは、自分から離れていった人が、
“あんなのは大した人間じゃない、くだらないヤツだった”
などと思うこと(無価値化?)で、自分の自尊心や尊厳を守ろうとするからではないか・・・・・・。
私が、
自立しよう、自分を取り戻そう
としている間、軋轢を起こしたり、ぶつかった人は何人か、いる。
まずは上司U。
そういえば、始めて彼に面と向かって逆らい、自分の意思を通した際、
彼の怒りに私は身体がガクガクブルブル震えたんだっけ。
それでも、“自分の意思(出来ることと出来ないことの境界線)”を貫いたんだと、ブログに書いたっけ。
それから同僚Mさん、依存的な同僚さん。
自己愛性のKさんに、その部下のAさん。
そして祖母、父、現在は、上の叔母。
冷戦状態を経て、現在は心を開かずとも表面上うまく関わっている?というのは
上司U、同僚Mさん、依存的な同僚さん、祖母、になる。
それにしても、さまざまな依存があるな。
同僚Mさんと上の叔母は、“過干渉・過保護とコントロール”
祖母と依存的な同僚さんは、“責任の押し付けと、相手によって自分を満たそうとする”
上司Uは仕事の権限を使ってこちらを言いなりにしようとして“自己の万能感を満たそうとする”
上司U、Kさんの部下Aさんに共通しているのは、恋愛がらみだったこともあるが“「モテる自分」という自己愛や自己顕示欲の補完としての異性”
さらに自己愛性のKさんも加えると、 “全てを満たしてくれる母性、母親の代わり”
・・・・・・・自分で書いてて頭が痛くなって来た
よくもまあ、怒りをぶっぱなしたり暴言したりしながらも、くぐり抜けて来たもんだ。
私が “本来の私として” 生きて行こうとするのを邪魔してた人は、こんなにいたのか。
他人を都合良く操ろうとするのは、親ばかりではないんだ。
とはいえ、他の大多数の人達は、変わりつつある私と今まで通りの関わり方をしてくれている。
この人達とは、細く長く、大事に関わって行きたいものだ。